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白を信じて染みが付く
「ブリーフ持ってきてよ」 いつもの様に休み時間に寝たふりを決め込んでいたウエノウシオは耳を疑った。 ブリーフ…? 顔を上げると予想外の人物が立っていた。クラスのアイドル的存在、モモミヤさんである。ウシオは咄嗟に目を半開きにしつつ天然パーマのあたまをポリポリと掻き、如何にも今まで寝ていましたよとアピールした。 そして、蚊の鳴くような声で「え…」と言った。 「ブリーフ、持ってきて!」 聞き間違いでは無かった。モモミヤさんは満面の笑みでそう言っている。ウシオは何故彼女がそんな事を言うか全く理解できなかった。 だが続けて彼女は「これ私のラインID」とウシオが枕代わりにしていたノートの表紙に英数字を書き込み、そして「よろしくね」と手を振り去って行った。 ウシオはこれはある種の嫌がらせなのだろうかと邪推した。ウシオも馬鹿では無い。ぱっとしない自分にモモミヤさんが話しかけてきた事、その荒唐無稽な内容。体育の着替え時間等でウシオがブリーフの愛用者で有る事を知っている、ガラの悪い連中が仕掛けたイジメの一環なのではと疑ったのだ。 しかし、あの色素が薄く清楚で可憐な黒髪の乙女である無垢の権化のようなモモミヤさんがイジメに加担するとは思えず、例えそうだとしても何らかの事情が有るのだろうと直ぐに思い直した。 なによりウシオはモモミヤさんが好きだったのだ。 帰宅後、すぐさまラインをインストールしたウシオはモモミヤさんに友達申請しトークを開始した。人一倍人見知りが激しく内向的なウシオは今まで女子と、ましてや自分の好きな子と会話やメールをした事は無く舞い上がった。とりとめのないやり取りの後、自分の好きな漫画や映画や音楽のうんちくを連投し、果ては自作の詩を書きこんだ。その全てにモモミヤさんは優しく返事をくれ、ウシオの事を深く知ろうとしているようだった。ウシオは幸せの絶頂だった。しかし、蜜月の時は短い。明日になれば、モモミヤさんにブリーフを手渡す事になっている。モモミヤさんとの関係はもうそれで終わりになってしまうのだろうか。 「それじゃまた明日」と送った後、ウシオは思い切って何故ブリーフが欲しいのかと尋ねてみたが、結局その投稿に既読が付くことは無かった。 翌日、放課後、屋上にてウシオとモモミヤさんは落ち合った。 「はいこれ」 ウシオは恥ずかしそうに自らのブリーフを渡す。夏の終わりの高い空の下、吹いた一陣の風は未だ生温く、青春を経験したことの無かったウシオは興奮状態にあった。モモミヤさんがブリーフ受け取った後ウシオは告白するつもりだったのだ。昨夜寝ずに考えた愛の詩がある。再び風が通り過ぎる。そして、モモミヤさんは言った。 「キモいんだよ、ばーか!」 その事が合図だったかのように、クラスの連中がわらわらと這いだし、ウシオを大声で嘲り笑った。クラス中の人間が居るのではという数であり、その中でも一際大声で笑っていたのがモモミヤさんであった。顔を歪め腹を押さえ爆笑している。彼女がこの嫌がらせの主犯格だったのだ。 ひとしきりの狂騒の後、ウシオはひとり屋上に取り残された。 ウシオは思った。「やっぱりか」と。 自らの手に握られたままの白ブリーフを見つめる。一筋の涙がこぼれた。ウシオがブリーフを愛用しているのには理由があった。「この汚い世の中で、例え心が擦れようとも大事な所を守る芯の部分だけは純粋なままであり続けよう」という信念を持っていたのだ。 ウシオはモモミヤさんやクラスの連中を哀れに思った。人を馬鹿にする事でしかコミュニケーションを取れない人間たち。彼らはきっと学校という複雑な人間関係の中で身も心も擦れ切ってしまっているのだろう。 そしてウシオはゆっくりとブリーフを履いた。露出し続けていた股間がピッチリと覆われる安心感に「うん、やっぱこれだな」と思う。 暮れなずむ夕日に照らされ、ブリーフは赤く輝いている。
白を信じて染みが付く ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1076.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2017-07-30
コメント日時 2017-08-02
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
花緒さん コメント有難う御座います。ご指摘の通り「思う」の誤字です。恐れ入ります。
0読みやすさと、切々と胸に迫って来るような感じと・・・疑いながら、もしや、という可能性にかけた主人公が、惨めに(無様に、非情に)裏切られるところ・・・なんとも残酷ながら、なぜか爽やかな読後感がありました。ウシオが打ちのめされておらず、むしろ〈彼らはきっと学校という複雑な人間関係の中で身も心も擦れ切ってしまっているのだろう。〉という、ある種の達観にまで達しているから、かもしれません。 〈「この汚い世の中で、例え心が擦れようとも大事な所を守る芯の部分だけは純粋なままであり続けよう」という信念〉という、荘厳、といってもよい信念と、その形としての表れが「白いブリーフ」という滑稽さ・・・泣き笑いしてしまいそうな、そんな人間の崇高さと滑稽さとが、軽めのタッチで(重いテーマを、重くなりすぎないように息抜きさせながら)描かれているように思います。 最後のところ、読者にトリックをしかけている、のでしょうか・・・家から「白いブリーフ」を持ってきていた、はずのウシオが、いつのまにか、夕日を浴びながら裸で(下半身だけ?)立っていて、おもむろにブリーフを穿く・・・〈ひとしきりの狂騒の後〉という一行、ですね・・・書かれてはいないけれど、・・・わらわらと出て来たクラスメートに脱がされる、という、更にひどい虐めを受けた、のか・・・いずれにせよ、夕日に向かって、堂々と立つ、ウシオの姿が凛々しいと思いました。
0〈しかし、あの色素が薄く清楚で可憐な黒髪の乙女である無垢の権化のようなモモミヤさんがイジメに加担するとは思えず〉白、の権化であるようなモモミヤさんを信じたのに・・・という切なさ、ですね、私が感じたものは。書き忘れました。
0真面目なブリーフ派と暗躍するトランクス派の対決の青春ドラマに、アイドル登場なのですね。多勢に無勢の争いですがインパクトのあるユーモアを感じますね。風通しもよいかと思いました。楽しいですね。
0独りで自らの信念(白いブリーフ)を貫くウシオの姿。滑稽でありながら、切実な叫びが聞こえてくるようです。 「人を馬鹿にする事でしかコミュニケーションを取れない人間たち。」自分以外の人間に負のスポットライトをあてようと、常に目を光らせている人間…居りますね。滑稽であったはずのウシオの姿は、むしろ堂々と潔い。「ブリーフ」が潔さに繋がるとは思いもしませんでした。 ウシオがブリーフを履いた後の、モモミヤさんをはじめとした、クラスメイトたちの描写があればよかったかなと思います。
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