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少女独白~詩飾り小説の欠片~
この部屋でしか会えない色に魅せられていた。 まるで、何度も会っているのに知らない振りをする少年から、誘われているかのよう。 愛しの彼が帰ってこない間、私はこの空色に恋をしているんだろう。 一方的に。 太陽と風、雨に私。 もしかしたら、私は生まれる命を間違えたのかも知れない。そんなことを言ったら、彼に怒られそうだけど。 *** ベッドから身を起こしたものの、目に映る色は未だ霞みに覆われていた。 現実感の乏しいこの街に、独りきり。目覚めたばかりのほわほわと、泡のように浮かんでは無へと消えてく思考の連鎖。 くすんだ枕、壁に掛けた絨毯、ガラスの割れたオイルランプ。五感を通じて伝わってくる、代わり映えのない情報たちも、寝起きの脳では処理しきれずに積まれていくだけ。 とうとう、睡魔に瞼が堕とされた。スリッパ探しも、これじゃできないよ。 あぁう。 起きなきゃ、起きなきゃ。 唇に乗せたところで、責任のない義務感が、首を前後に揺らすだけ。次第に現実が遠ざかっていく。 ただ。 日に焼けた手で握りしめるタオルケットの、どうしようもない柔らかさだけは、夢でも今でも、正しく認識出来てる気がする。 起きなきゃ。 結局、裸足で部屋を出た。スリッパが、なぜか片方しか見つからなかったから。寝る時、どこかへ蹴飛ばしたのかも? 覚醒しきっていない頭を乗せた身体は、シャワーを求めて階段を上がっていく。 欠伸にまとわりつかれながら、ペタペタ。目をしっかり開けてないと、段差を蹴飛ばしちゃう。 想像しただけで目が覚めそう? 嘘、きっと醒めないから。 *** 水に逢いに行くの。 光の浸食を、この身に許すため―― 二階から三階へ。階段を上がった先、最上階の三階には、広すぎるシャワールームが備わっているの。ううん、それしか無い。三階全てを使った水浴び場。 部屋の真ん中まで来ると、タイルの温かさに素足が喜んだ。日光に温められた床。石なのに、冷たさを持たないだけで、大分印象が変わるんだ。 太陽の高さを見るに、もうお昼に近いのかも。初夏の日差しで溢れる部屋を、生育旺盛な植物たちの緑の匂いが縦横無尽に駆け抜けていく。 くすんだ白いタイル張りの壁は、四面とも見事に崩れ落ちていた。一周に渡り、膝の高さほどで朽ちていて、巨大化した植物に侵食された廃墟町がよく見える。朝であれば遠く、シャルイゥエ連峰からの日の出を浴びることが出来るぐらい、開放的。 じゃあ、天井も高い空まで続くかって言えば、そうじゃないの。 貝殻の天井があるから。 部屋の中に突っ立っている三本の石柱に乗っかった透明で巨大な、それ。笑っちゃうぐらい大きな貝の器が、私と空とを隔てていた。誰が作ったのかは知らないし、どうやって作ったのかも見当さえ付かないけれど、どうして作ったのかは想像が付いた。 ここは、お伽話に出てきた部屋。 ここは、遠い空への嫉妬から生まれた部屋。 ここは、太陽の眩しさと、空の無限の広さを愛してる部屋。 そして、私のお気に入りの部屋。 昔、神様が世界を見放した。 神様が見ていない隙に、動植物たちは秩序を見失い、好き勝手に巨大化していったんだって。私が生まれる前のことだからよくわかんないけど。数年のうちに、人間が絶対的優位を誇っていた食物連鎖ピラミッドは、根底から崩壊した。 ゆらゆら雲は、ぽぅぽぅと押されていく。 ひとりぼっちで見上げる空には、雲が番で泳いでた。貝の器は、毎晩降る雨を、今日もたっぷりと溜め込んでる。愛しい水溜まりの空。 透明な天井と、水面を越して見上げる群青は淡く滲み、そのくせ、太陽の煌めきばかりが乱反射して強く映え、空は現実から乖離した海の色に変わっていた。毎日見上げている青空なのに、知らない惑星を満たす海のようで、そこへ連れて行ってと手を伸ばしたくなっちゃう。 私の背丈じゃ、貝殻にだって届かないけどね。 神様が見守っていた時代を旧世代、動植物が巨大化した世界を新世代と呼び、私達のように新世代に生まれた人の中には、人の輪に入るのを本能的に嫌がる人が出てきた。パーソナルスペースを不必要なほど広く取らないと、心が窒息してしまう人。私も、そう。新たな精神病と呼ぶ人と、神に選ばれた人種と呼ぶ人の2通りが居た。でも、本人達はどっちとも思ってないんじゃないかな。 いずれにしろ、そういう人達は、私のように都を離れて、廃墟に住み処を求めながら彷徨い歩くことになる。 もちろん、一人でこの世界を生きていくことは簡単なことじゃない。幸い私は、優秀な彼の助けを借りながら、こうして誰も居ない街で生きながらえていられるけれど。 「んん~」 背伸び。 胸の奥、寝ぼけてる心を揺り起こしながら重たい息を絞り出す。 替わりに、とっくに目覚めて活動を始めてる昼の空気を、肺いっぱい吸い込んでいく。全身に陽を浴びる清涼感、自由に駆ける風の中に立つ開放感は、一度癖になっちゃうと、もう抜け出せない。 夜ごと幻惑の夢を見せてくれる寝間着を、無造作にくるくる丸めて、部屋の隅、階段の入り口に放った。 手首や足首を丁寧にほぐして、指先から脳へと目覚めを促す―― ちょっとふらついた。まだ覚醒し切れてないの。 貝殻天井を支えている、抱えきれないほどの太さの石柱に手を突いたら、胸を沈めて背中を猫のように反らせた。 ふぅっと息を零すと、自然に声帯が震えてしまう。もっと、深く、背中を沈ませて…… 抱きつかれているかのように焼かれる背中。 存在感のある温もり。 寝ぼけた子猫の声みたいに解読できない風の囁きが、耳朶に触れては離れてく。 ふふっ。 見えない誰かと居るみたい。 気配が確かにここにある。 光の浸食だった。 日に焼けた肌を突き抜ける光の波が、心に迫ってくる。 ああ、熱い。 肌を越して、心まで熱い。 ねえ、誰かさん わたしに何を伝えたいのかな? ねえ、誰かさん わたしに何をさせたいのかな? ねえ、誰かさん わたしの何を知りたいのかな? ねえ……誰かさん? ふふふ、あは、あはははは! あー、無理無理無理! もう~だめ、浴びたくてしょうがなくなってきた。 貝殻の一番深くなっている真ん中にはシャワーヘッドが取り付けられていて、シャワーのハンドルには輪っかに繋いだチェーンが絡まり、床まで垂れている。体重をかけてチェーンの片側を引っ張った。気を抜いてたらしいチェーンは、慌てた様子でビシッと直立。重い抵抗がふいに緩むと、一拍遅れて、日光に温められた雨が降ってきた。 汗ばんだ素肌に水を浴びる。浅く目を瞑ったまま。 視界を閉ざすことで、盲目的に信じ込まされていた水の姿が嘘だったことを悟るの。 重さがあるのに、繊細。 無味無臭なのに、どんな物質よりも存在を明確に認識出来る。留め置くことの出来ない永遠の旅人。 水の本質は無色透明だなんていう人は、きっと水に抱かれたことがないんだろう。そんな、ちっぽけなモノ達じゃないんだ、この子達は。 そんな、浅い感情じゃないんだ、大きな塊となったこの子達が生み出す心は。 肌にぶつかっては、散り続ける水たちの一粒一粒が、同じく淡い感情を叩き付けてくる。 感情の名前は、恋慕。 一晩中、貝の器に溜め置かれ、月の明かりの子守歌で眠り続けた雨の子達は、甘く切ない夜の夢を見る。 流されやすい感情と、緩やかに変わる体温が、小さな小さな彼らの全て。 透き通る心を水面に揺らめかせながら、無垢な夜を過ごしたみんなに、目映い朝《あした》を連れた太陽なんて、どうしたって憧れちゃう。 側に寄ることを拒むくせに服従を求める絶対神は、身体を持って生きる者、全てに自分色の光を射したがるんだ。 水が相手だって例外じゃない。憧れの君から浴びせかけられる力強い熱で不定形の身体を貫かれ、透明な水たちが恋の成就を悦んでいる。ひとかたまりになって、はしゃいでいた。 パシャパシャと音を立てて、想いを歌にする雨たち。堕ちた雫は、太陽の円を波紋に変えて描き出す。やがて、形なく混ざり合ったら、輪廻の流れに溶けていくの。 あのね? 私は火遊びをしたいわけじゃなくて。 この遠く離れた惑星から想ってるだけでいいから。 でも、清らかな身体に、熱を孕んで悦ぶみんなの想いを浴び続けていたら、私も共鳴してしまう。 共感する刺激。 共鳴する快楽。 嬉しさは伝播する。 悦びで通じ合える。 私も。 広げていた手を伸ばして合わせた。 シャワーから降る雨を抱えるように腕を回す。そして、その輪をゆっくり狭めていくの。 腕に。 胸に。 みんなの感情を受け止める気持ちで。 かれらの温度を感じたら、この手を空へと広げる。 指先で虹を描く。 高く、伸びやかに。 もっと広くーー ――胸を膨らませた。 大空に向かって 叫ぶ 「目を覚まし触れた 現し世は 記憶の欠片と 重ならず 澄み渡る青に 奔る雨 狐の嫁入りの 嗚呼 美し」 背中を弓に反らせて、小さな胸にお日様を受けた。熱を帯びた水の心地よさと強引な陽射しに、心まで抱かれる。 満たされることで目覚めていく身体。 ほころんでいく私の朝。 床に敷かれた色違いのタイルをピチャピチャ。 音を鳴らしながら交互に踏んで躍る。 雨と一緒に 私も 歌い上げる。 「幼く萌ゆる緑 硬く身を閉ざし 風が吹きすさぶ晩冬 こころ凍みる 彼が昇り 雲を払う 回り出す 星座は 春を捲り 解ける命 熱く 抱いてと 空を仰いだ せせらぎ 雪代に身を浸し 狂い 灯る 紅一輪の 心は溶けて 彼のとりこ」 *** 貝殻に溜まった雨水が無くなった。 膝の高さで崩れたコンクリートに腰を掛けて、身体を乾かしながら彼の帰りを待ってみる。時折、登ってこようとする蛇や昆虫にボウガンの矢をくれてやりながら。 一階は虫除けの火を焚くぐらいで何も置いていないし、二階へ上がる階段も塞いでる。地上から登る時は縄ばしごを使うの。それでも、常に警戒していないと、壁を伝って登ってこようとする輩が居るから気が抜けない。 都まで、この廃墟から片道二日。今日の午後に帰ってくるって言ってたけど、道程は長いから日が前後するのは当たり前になっていた。近くまで来れば、虫や獣相手の鉄砲の音がするだろうから、すぐに気がつける。 いつ帰ってきても良いように、ガチョウの卵も拾っておいたし、ジャムも沢山瓶詰めにした。彼はこっちで何日か休んだら、私の作った物を持って、また都へ向かうんだ。 今回はどんなお土産を持ってきてくれるのかな? 誰も居ない街に、一人。 風とお話ししながら、彼の帰りを待っている。 二人の住み処を守りながら。
少女独白~詩飾り小説の欠片~ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2026.6
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 8
作成日時 2019-11-23
コメント日時 2019-11-27
項目 | 全期間(2024/12/22現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 1 | 1 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 4 | 4 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 8 | 8 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0.5 | 0.5 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 2 | 2 |
技巧 | 0.5 | 0.5 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 4 | 4 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
沙一 さんへ ああ、こちらもお読みいただきありがとうございます。 世界が変わってしまった理由については完全に後付けなので、作品に馴染んでなかったんだと思います。設定で神を持ち出すのは、本来は悪手ですからやらない方が良いですし。そんなわけで記憶に残らなかったんだと思いますよ。わたしも書いていたことを忘れていたぐらいです(笑) 水は巡る旅人という考え方は、ずっと昔から持っていた感覚でちょくちょく使っているんですが、目新しい表現では無いですから新鮮さは無いかも。全ての生き物を辿って、脈々と命という歴史を運んでいる水分。水の中から生命の源が生まれ、未だに水に生かされていることを考えれば、この先永遠の時間が経ったとしても、わたしたちが生き物である限りは、水が巡る旅を追いかけ続けるのかもしれませんね。 今回は、不思議な世界の中で水と戯れる少女を描く、これが目的でしたから、ファンタジックな映像が浮かんでくれたのなら成功と言えるのかな~と思っています。ほっとしています。待っている彼……実は、まあ、その。昔に投稿した『星を抱き、酒精に口づけ』の最後に出てきた、突っ込みを入れていた人だったりします。繋がりは持たせてないんですけどね。 小説の一片なんですが、詩を意識しながら書いたシーンでした。この先もお話は続くのですが、そっちは小説の方でいつか書きたいですね。今作品は詩っぽい雰囲気があるのでギリギリいけるかなと思って持ってきたんですが、純粋にストーリーを楽しむ事を目的とした小説はこのサイトに載せてもな~とも思うので、どこかの小説サイトになりますか。 それでですよ? 『本能』読ませていただきました。後ほどお邪魔しようかと考えているのですが、ただ辛口になりそうです。わたしの読んだところ、恐らくサイズに無理があったかなと。詳しくはそちらで。
0おはようございます。 わたしは、廃墟を妄想するのが もともと好きなので、この詩の世界観も好きです。 人類が形成してきた文明による建造物が壊れて、植物が肥大し 都市であった場所が廃墟とたり、みどりで覆われた世界。人間関係の泥沼が 一切ない世界。澄んだ大気。思想的な水。この詩の世界に溺れることができて、しばし 幸せでした。 ありがとうございます。わたしは この詩の絵が描きたくなりました。(というか、昔から 妄想していた絵が この詩の世界観と符合してて、私は むかしから この詩の絵が描きたいと思っていた気がしてます。)
0これは小説にしてしまうと、つまらなくなるような。つまり、説明ぽくなる神様云々と、歌のところは不要な気がします。 それ以外はごく楽しい詩文だけに。
0るるりら さんへ こんばんはです。お読みいただきありがとうございます。 廃墟って、どうしてあんなにも惹かれるんでしょうね。わたしは廃墟を『見る』のが好きですね。意味も無く、ずーっと見続けてしまいます。わたしの場合は、特に何かを想像するというわけではなくて、ぼーっと見るだけですけどね。 確かに人間関係の泥沼が無い。穢れることもないまま還る。それも、いつまででも見ていられる理由なのかもしれません。 ああ、描いて下さるのならめっちゃ喜びます(笑) この作品は情景がメインの作品ですから、絵に起こせるぐらい想像できたのでしたら、成功だったのかなと思います。この作品の景色は、頑張ってひねり出したというより、どこかに在った景色をそのまま書いた感覚でした。多分、わたしたちがいつか見た小説や詩、マンガや映画の世界にこの場所があったのかもしれません。ただ、どの作者さんもこの場所を書こうとされなかっただけで。 見たことはないけど、ありふれた夢想域。そんな感覚です。
0萩原 學 さんへ 詩文になっていましたか? 小説っぽいかなと思っていたので詩文として読んでもらえたのなら嬉しい限りです。なにせ、小説しか書いてこなかったもので、詩に触れ始めたのは最近なんですよ。なので、どう書けば詩に見えるのか、色々模索しているところです。 神様云々はどうしようか悩んだところです。ある程度は説明しないと読めないかなと思って入れてしまいましたが、詩を読まれる方々は説明を入れなくても読んでくれますもんね。書く側としては有難いことです。 そして、歌。これは盲点でした。歌として入れることで全体が小説に見えるというのは、考えが及びませんでした。なるほど。個人的には、小説のような文章なのだから歌詞でも入れておかないと詩に見えないのではないか? と思っていたので、むしろ逆効果だったとは。 入れるなら、細切れにして地の文に混ぜる形でも良かったかもしれませんね。勉強になりました。
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