別枠表示
忘れ得ぬ人
忘れ得ぬ人。 列車に揺られる群衆は玉虫色をした明日へのキップを ポケットに仕舞ったまま決して取り出そうとはしなかった。 忘れ得ぬ人。 その女は啓示とも呪縛ともつかない言葉を口にしては 人々を虜にし、魂の深海に住む王女となった。 忘れ得ぬ人。 多くの人が口を噤んでいたが、溢れるほどの言霊が其処にはあった。 伝えたい想い、届けたい贈り物、渡したい愛募、差し伸べたい手。 そのすべてが、ひび割れた街の片隅に埋まっていくのを 僕はノスタルジーの空箱を左手にぶら下げて眺めていた。 忘れ得ぬ人。 聴衆が拍手を送る舞台の外れには 踵の折れた靴をはいた少女が顔を覆って泣いている。 忘れ得ぬ人。 幸せも不幸せも籠の中に仕舞ったまま 「こんにちは」も「さようなら」も口にせず 友人たちは十字路ですれ違っていった。 多分道ばたに置き忘れたボストンバッグの中身になど もう誰も興味がないのだろう。失ったものは多すぎる。 忘れ得ぬ人。 その女は刹那に見せる瞳に、一億の涙を滲ませて それでも世界を、過ぎ行く日々を、愛を決して憎まなかった。 鏡張りの高層ビルに映るのは、流れいく白い雲で 僕らは時間を盗まれたのにさえ気づかないままなのだろう。 きっとあの曲がり角の先に待っているのは 腰を曲げた、老いたるトリックスターだ。 もう彼の魔術めいた奇行には誰も見向きはしない。 忘れ得ぬ人。 走り去る馬車から、一瞬だけ顔を覗かせたその女性。 慈しみと憐みを持った、愛の伝言人には 僕も人々も、君もあなたも二度と会えはしない。 ただひたすらその残影を目に焼きつけて、恋い焦がれるだけだ。 忘れ得ぬ人。 どうか恋する粒子となった二人を 紫色の煙が立ちこむ街の外れ 廃屋が立ち並ぶ街の一角にある 黒豹を象ったネオンサインの果てへと連れ出してほしい。 もう誰も。二人を忘れられないほどに。 忘れ得ぬ人よ。
忘れ得ぬ人 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 3280.5
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 10
作成日時 2019-08-08
コメント日時 2019-09-15
項目 | 全期間(2024/12/26現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 3 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 2 | 1 |
エンタメ | 1 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 1 |
総合ポイント | 10 | 6 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1.5 | 1.5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0.5 | 0.5 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 5 | 5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
こんにちは。スピード感があり、且つ、メリハリがあって気持ちよいです。《魂》《王女》《言霊》《老いたる》《魔術》といった語が使われていても、浮いた感じがしないのは、作品全体としてバランスが取れているからでしょう。 こうした心地よいスピード感のなかで、《走り去る馬車から、一瞬だけ顔を覗かせたその女性》、この一行は非常に映像的。その女性と目が合った気がして、しかももはや遅すぎることを理解した気がして唐突に悲しくなりました。こういうのはズルイ。嫉妬するくらいやってくれて嬉しい。笑 で、スピード感の良さについて書いたのですが、この速度こそ、時間の過ぎ去る速度であるとすると、それを心地よく感じた私も、現在の過ぎ去る速度に呑み込まれ、慣らされた一人であるのかもしれません。そして、過ぎ去ったものやことを、事後的に(思い返すことによって)、《忘れ得ぬ人》へと、記憶をつくり直しつつ、自分を見失わないようにしている部分があるのかもしれない。そう考えてみると現代の孤独が作品化されていると感じます。深読みかもしれませんが。 それにしても、日常生活において、気づかなければそのまま見過ごしてしまうようなところをイメージとして拾い上げ、うまく配置していると思います。ああ、なんか腹立つ~。
0タカンタさん、コメントありがとうございます!豊穣、豪奢な表現を用いつつ、作品として陳腐にならず、クオリティの高い作品に仕上げるのは難しいとの解釈、僕もとても理解できるところです。また詩作におけるイメージは通常ならば一つがいいとのタカンタさんの私見にも納得する部分があります。ただタカンタさんが仰る通り、この作品では多種多様なイメージを散りばめましたが、それらが一つの筋(忘れ得ぬ人に「恋する二人」を連れ出して欲しいと願う)で収束するようにまとめられており、分散した印象はなかったのではないかと自負するところでもあります。全体を覆うトーンは喪失感であり、寂寥。また残されたものは二人の愛募、というロマンティシズム。それらが一貫して詩中では貫かれており、とても穏やかで美しい作品に仕上がったのではないかと思います。自分の作品で読後感が良いものが久しぶりに書けました。僕個人としてはとても満足しています。ありがとうございました。
0藤一紀さん、コメントありがとうございます!やってしまいましたよ。自分でも笑えるほど久しぶりに。survofさんが「『残響』。」にてコメントをくださったように、最近の僕はサイバーパンク感や未来的な要素を多く含んだ作品を作っていたのですが、この作品ではノスタルジックで霞みゆく記憶を辿るような、良質の古典的絵画にも似た世界が描けたと思って満足しています。《走り去る馬車から、一瞬だけ顔を覗かせたその女性》は本当に印象深いですよね。一瞬の出来事なのですが、その一瞬の出来事に自分が失ったものや、自分が取り返せなくなってしまったものに気づかされる。まさに藤さんが仰るように、気づくのには「遅すぎたの」です。この一節に集約されているのは、ひとえに喪失感とある種の孤立、そして啓示にも似た気づきなのですが、人生とは本当に日常のほんの一断面からすべての謎がひも解かれるのだ、という感覚も描き出せていて、この描写、僕自身とても気に入っています。映像的にも美しいですよね。走り去る馬車から一瞬だけ、というのが。現代の孤独化(厳密に言うと孤独化していく人生)という点もこの作品では描きたかった一面でもあるので、そこにお気づきいただけて嬉しいです。またモチーフとして寂寞とした孤独な人生、生涯、余生というのは美しく、詩的でもあるので僕自身好んで用いるモチーフでもあります。幼い頃に組織、コミュニティに入り、離れ、やがて一人になり、自分の孤独に気づくというのは人生の一断片でもありますからね。最後に日常生活において見過してしまいがちな…という好評とても嬉しく思います。それこそが僕がこの詩でやりたかったことの一つでもあるのです。とにかくも頬が緩みっぱなしの評価をいただけて本当に嬉しい限りです。これは冗談めかして笑みを浮かべて言うのですが、また藤さんが悔しがるような作品を書きたいですね。ありがとうございました。
0タカンタさんへ。るるりらさんへの作品でもお見受けしましたが、該当作品への批評、感想とは関係ないコメントを書き込むのは、おやめくださいね。これは運営からのお願いでもあります。 またタカンタさんが芸術や詩に対してとても情熱的なのはわかるのですが、批評家への批評、批判を該当作品とは無関係な形でしてしまうのは、有意義ではないし、残念ですが余り品のいい行為には思えません。 フォーラムに投稿するなり何なりして、一層議論が膨らみ、発展的になることを意図してください。またその際には個人名を挙げず一般論、あるいは純粋な芸術談義としてスレッドを立てられるのがよろしいかと。 何れにせよ、作品とは関係なく、無闇やたらと他者を批判したり、批評したりする姿勢は褒められるものではありません。以後ご留意ください。
0タカンタさん、再度コメントありがとうございます!返詩ですか。もちろんいいですよ!返詩をいただけるのは初めてなのでとても嬉しいです。ほぼ同様のモチーフを二人がどのように、期せずして書き分けたのかがとても興味深いです。どうか返詩をコメントとして寄せていただけたらと思います。
0タカンタさん、返詩ありがとうございます!別離した恋人と入れ違うように街を離れる詩の主人公。それまでの七日間が描かれている。繰り返し彼女との想い出を振り返りながら、実際に二人が別れてしまったことを痛感する。それでも幸せに包まれつつ街をあとにする主人公。とてもロマンティックで、それでいて別離の物悲しさをも感じて素晴らしかったです。眠り始めた彼の心はどこへ行くのか、とても興味の尽きないところでした。一つの物語性の中に詩が収まっている点も、先のタカンタさんのコメントを思い出し、とても面白く拝読しました。ありがとうございました。
0タイトルから内容まで、とても素敵でした。
0月隠緯檻さん、コメントありがとうございます!本当にタイトル素敵ですよね。笑けてしまいますが自分でもそう思います。内容にしても名前負けしないものが書けたと思います。こういう懐古的で優しい作品は、なかなか評価されづらいのかなとも一瞬思いましたが、こういう作品も僕の一部ですので高評価をいただけてとても嬉しく思います。ありがとうございました。
0stereotype2085さん、こんばんは。 返信ありがとうございます。 本当に素敵な作品なので、自分も見劣りしないような、良い作品を作れるように精進していきたいと思います。
0