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負けて勝つ、
今日はしっくり来ない日。まず今朝起きた時頰に違和感があった。洗面台の鏡に映る僕の顔は半年前、彼女の元彼に殴られた時の様に情けなく腫れている。彼女が前の彼氏と完全に切れていなかった為元彼が彼女と僕との関係にブチ切れて当たり前の様に僕が犠牲になったのだ。 あの時は惨めだったな、懐かしいな、そんな苦い思い出が蘇る現在の僕はそんな彼女と同棲している。今だって彼女の太ももと腕が僕の身体に蛇の様に巻きついている。調子のいいやつめ、けしからんお尻め、元彼と切れていなかったくせに、僕を盾にしたくせに、惚れたが負けって本当なんだな、要は彼女には敵わないのだ。 頰に違和感を感じながらトーストを食べるとはちみつがキーンと歯に沁みた。この嫌な感じはおそらく長いこと放っておいた虫歯だろう。頰の腫れも同じく虫歯によるものだろう。完全に自業自得である。僕は歯医者が大の苦手だ。変な匂い、歯に響く音、痛かったら左手上げてくださいねと言うくせになんの対処もされないところ。たまに僕の空っぽの頭に当たるお姉さんの胸、全てが上手くいかない、しっくり来ない小1時間が嫌いなのだ。しかしそんなことも言っていられない。僕は大人だ。酸いも甘いも何たらかんたら歯医者にもお姉さんの胸にも勝ってみせる。 歯医者に行ってくると伝えると彼女は布団の中から手をひらひらと振った。行ってきますのキスぐらいしたいじゃないか、けれど低血圧の彼女は寝起きが悪いのでぐっとこらえる。その類の行為はお互いの同意の上に行うべきだからだ。求め合いたいのだ。少し女々しい気もするが自分勝手よりましだろう。彼女に向かって言ったのか自分に向けてだったのか分からないくらいの、行ってきます、が玄関先に消えた。 歯医者に行こうと駅までの道中、何故が右足の靴下だけが脱げてくる。何回か立ち止まり履き直しても尚右だけが脱げる。この小さな右足攻撃に僕はこっそり苛立っていた。顔に出すまい。僕は普段から負の感情を表に出さないことを心に誓い生活している。自分の機嫌など自分で取るのだ。絶対に顔に出すまい。右足如きでイライラしてたまるか。僕は少し口角を上げてみた。左の靴下も半分脱いで左右対称にしてみた。しっくり来ないであろう今日を軽やかに、歯医者をスマートに終え、ご飯食べて、ビールを飲んで、セックスしてしまえば今日は僕の勝ちなのだ。簡単で単純な僕だ。
負けて勝つ、 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1580.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 11
作成日時 2019-05-02
コメント日時 2019-05-27
項目 | 全期間(2024/12/04現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 2 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 4 | 2 |
エンタメ | 3 | 0 |
技巧 | 2 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 11 | 6 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1 | 1 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 2 | 2 |
エンタメ | 1.5 | 1.5 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 5.5 | 5.5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
拝見しました。 若いと文中で言わずとも、単純で若やかな人物だとおもわせられるテクニックが見事だと感じました。 女々しく、若い主人公の人物像を、殴られて何もしない、いってきますのキス、歯医者といった描写のひとつひとつによって上手く引き出せていると感じました。
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