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クジラの耳の中に
大事なことはすでに どこかに書かれている 古い書物の中に 小さなエメラルドの上に 忘れた夢の中に ぼくたちは 〈自分〉という甘い罠に嵌まって もう一人の〈私〉を どこかに忘れてきた やがて身体の成長が止まり 脳髄の中に小さな地震が起こるとき その気配にふと気付くのだ 古い映画音楽を聴いたとき 紅茶に浸したケーキを頬張ったとき 人生が思いのほか短いことを知ったとき その記憶を微かに思い出す 夢の地平線で震える はるかな記憶 もう一度〈彼〉を見出すための 狂おしい鏡の迷宮 そうなのだ 王子と乞食の話も ヌオヴォ・シネマ・パラディーソも とりかへばやも あまたの恋物語 冒険物語も じつは同じ一つの主題 もう一人の私をめぐる 手の込んだ変奏にすぎない あれは昨日のことか 遠い昔の出来事か よく覚えていないけれど まだ柔らかい宇宙の壁に 自我という名の気泡が ぷっくり口を開けた 〈私〉とは 世界をのぞき込むための 単純で精妙な仕掛け そんなことも知らずに ぼくたちは 自分という甘い罠に酔って 大切な〈片身〉を どこかに忘れてきた ほんとうに大事なことは すでに書かれている ひび割れた壁画の中に 海底の流砂の上に その頭上を悠々と泳ぐ 白いクジラの耳の中に
クジラの耳の中に ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 2099.4
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 20
作成日時 2019-04-13
コメント日時 2019-05-11
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 9 | 9 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 6 | 4 |
エンタメ | 1 | 1 |
技巧 | 3 | 2 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 20 | 17 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1.8 | 2 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1.2 | 1 |
エンタメ | 0.2 | 0 |
技巧 | 0.6 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0.2 | 0 |
総合 | 4 | 4 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
>大事なことはすでに どこかに書かれている という最初の2行からもうこの作品の世界に引き込まれました。とても素敵です。
0哀愁亭さま、コメントありがとうございます。 普段ヘンな詩ばかり書いているので、ときにはこういう抒情的な作品も 書いてみたくなります。少し甘いかもしれませんが、また折をみて挑戦します。
0人間にとって本当に大切なことが何かは誰にも分かりませんが、汚れのない無邪気な景色に時々ひどく心惹かれるのはあの頃に戻りたい、とずっと昔に置き去りにした"もう一人の私" "片身"のかけらが訴えているんだろうなあと感じました。最後の「その頭上を悠々と泳ぐ白いクジラの耳の中に」で突如世界が広がる感じがして好きです。
0夏野ほたる様 コメント有難うございます。少し出かけていたので、返信が遅れてごめんなさい。 昔、尊敬する知人に二つの「J」を克服できるかどうかが大事だと言われたことがあります。二つのJとは「時間」と「自分」という罠だそうです。もう一人の私とは、時間と自分から逃れた私なのかもしれません。
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