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フィラデルフィアの夜に Ⅸ
フィラデルフィアの夜に、針金が春となりました。 夜勤明けの疲れた体を引きずり、万年筆を片手に机に向かいます。 机には原稿用紙。 彼は工員でありながら、詩人でもありました。 休みなく働くため、詩人となるのはいつも夜。 まだ寒いこの季節、あえて春の詩を。春について思いめぐらす。 春。 頭に過るのは、花。 “花”紙にそう走らせた時。 「赤白黄色青。私たちが咲こう。咲き誇ろう。先鞭をつけよう」 文字が、書いた覚えのない文字が存在していました。 よく見れば筆記体で一つながりのその文字は、盛り上がっています。 まるで針金が書かれたかのように。 万年筆の先で触れると、その文字たちは宙へ浮かび上がる。 そうして、花を形作る。彩色され赤白黄色青。机の上に、花。 “蝶”続いて思わず走らせる。 「宙に咲く花のごとく。ゆらゆら、色鮮やかに。花、その後を」 また、書いた覚えのない文字が。 同じく筆記体で一つながりのそれは、宙を舞う。 誰の手も触れることなく、針金と思しきそれは、羽を動かしながら形成される。 小さい白い蝶に、大きな黄色い蝶に。 不規則に揺らめいた。 “緑”ふと手が滑る。 「新しい世界。新しい風の中。満たしていこう。新しい世界に」 またしても、文字。 今度は、針金が机を這い伸び、色付ける。 新緑の草。原稿用紙を残し、一面を満たした。 草原を作り上げる。 “空”。 「ここに青。無限の色。私の元で、色よ。育て」 青が、空が、天を満たす。 “風” 「色のない色。吹き込め、吸い込め。冷たく暖かい、命を。この命を」 針金が、浮き上がり、消えた。 冷たく、暖かく。 風が、吹いた。 “春” 何気なく書いた文字でした。 窓が急に開き、冬の極寒が部屋を満たし、詩人の顔を痛烈に刺激します。 目を開くと、あの光景は消えていました。 原稿用紙に転がっていた筆記体が、針金が作ったあの春の美しさは、どこにもないのです。 原稿用紙には“春”の文字が虚しく佇んでいます。 窓を見ます。 白い六角の花が、咲いています。新しい小さい雪の結晶が、窓枠に積もっていたのです。 また、窓には熱帯のシダ植物のような紋様が刻まれています。 あんなに冷たい、霜の結晶なのに。 窓の向こう、白い花々がたくさん降り積もっています。 冬もどこか暖かく、奇麗でした。 春は、雪の毛布の下、あの下にいるのです。 窓を閉めるまでのわずかな時間、詩人は寒さを楽しみました。 春を思いながら、冬を喜びました。
フィラデルフィアの夜に Ⅸ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 940.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-12-25
コメント日時 2018-12-27
項目 | 全期間(2024/12/04現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
精神が自在に動いて、その動きの精妙さがやがて言葉の形を得て、眼前に広がる世界が同じく精妙な姿でそこに現れることに目の覚めるような思いがします。新鮮な空気を吸い、自分というものが世界に広がっていくような感覚を味わうことができました。こういう作品を拝読すると、詩を味わう時間の鮮やかさとそれ故の豊かさというものを改めて実感します。
0ishimuratoshi58 さん、こんにちは。 前回の投稿時、ステレオタイプさんからテコ入れを期待されたので書いたのがこの作品です。 ステレオタイプさんに”悪夢的”と評され、確かにその傾向のあるシリーズだったので、趣向を変えてみました。 高く評価してくださり、ありがたく思います。 言葉により情景が変わっていく表現は、上手くいったかなと。 いずれまたこのシリーズは投稿しますね。 またいつもの感じになりそうですが。
0何なんでしょう。この読んでいる間の幸福感。詩的思索、物思いに惹きこまれていく感覚がとても心地いい。そしてフィラデルフィアシリーズなのに悪魔的な幻想、幻覚めいた悪夢のようなものが一切ない。これは…、もしやと思ったらコメント欄に僕の名前が。やはりフィラデルフィアシリーズにテコ入れをしてくださったのですね。まるでこれまでのフィラデルフィアシリーズが伏線となり、回収されるかのような美しい出来栄え。「寒さを楽しんだ」詩人がこれまでのシリーズでの悪夢をすべて払拭したかのような印象さえ与える。個人的に「風」の「色のない色。吹き込め、吸い込め。」がとても好きです。期待に存分に応える仕上がりだったと思います。
0stereotype2085さん、こんにちは。 なんだか予想以上に喜んでいただいて、ありがたいです。 テコ入れは上手くいきました。 風の下りは即興に近かったのですが、よい風に書けました。 次回からまた悪夢的な方向に戻りそうですが、こういった方向もたまには考えるようにしますね。
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