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瓦礫の淵
モラトリアムな殻の中でうずくまっている少年が泣いたのは、夜空の果てで星が燃えたせい。カトレアの香りがする街で、膝を抱え顔をうずめたまま。行き場のない彗星が彼のもとへ墜ちる。プログラミングされた体は、弱さを見せる隙もない。いつか見た夢の中で少年は叫ぶ。 抱きしめてください。 瓦礫の淵に舞い上がるアゲハ蝶の色めいた羽根よ。彼を包み込んでたった一つだけの出口を指し示してあげて。 情欲のまま行き来する、テクノロジーの行き先は、プロテクトされた少女にさえも自由を与えない。カフェインの残る頭によぎるは、悪い過去の想い出で、痛みを加えられるだけならばと少女は言う。 「せめて眠らせて」 閉ざされたままのドームの屋根は雨を降らせないだけで、彼女は涙も拭えなくて一言だけ漏らす。 抱きしめてください。 3089通りの彼女に示された行き先から、せめて一つだけ選ぶとするならば 物語さえ奪われ、水晶の心さえ砕かれた彼女が、せめて一つだけ選ぶとするならば あの日わけ隔てられた少年の胸元に飛び込んで、泣き伏して眠ること。 それだけ。ただそれだけ。 いつか憧れたあの少年の胸元で。 2018年も終わりに近づいたある日、明日の予想図に記されたのは彼の心でも彼女の心でもなく、ビットコインが高騰する知らせで、富める者も貧しき者も等しく喜ぶニュースではなかった。恩恵にあずかれない靴磨きが舌を出して政治屋に卵を投げつけた時、笑ったのは占い師でも祈祷師でもなくて、ただただ暗いベッドに横たわるくすんだ死体だったという。いいだろ? 誰もこんなニュースに食らいつきはしない。いつか地獄を見ようが彼らの勝手だろ。僕が気になるのは少年と少女の最期だ。 瓦礫の淵で揺れる少年と少女の体よ。我がままなオーディエンスを置いたままで、愛のシーツで抱き合って。 3089通りの二人に与えられた自由を、死せる時まで味わって光の中で弾けておくれ。 この衰えかけたヒトカケラの感情さえ見せない場所で、死せる時まで口づけて光のただ中で眠っておくれ。 光の中で。 それだけが僕の望むこと。 2018年12月5日、今日も夜空には軍のヘリが飛んでいる。
瓦礫の淵 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1307.3
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-12-05
コメント日時 2018-12-14
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
ビットコインの現代的な所が有るけれど、なんというか。現代詩じゃないなーという印象です。近代詩的。作品に出てくる少年と少女とは違う世界の一部が私には必要です。んー。そうですね。もう一つ世界の断片を足すと良いと思いますが、幸せを具体的にして、少女と少年、 >富める者も貧しき者も等しく喜ぶニュースではなかった。恩恵にあずかれない靴磨きが舌を出して政治屋に卵を投げつけた時、笑ったのは占い師でも祈祷師でもなくて、ただただ暗いベッドに横たわるくすんだ死体だったという。いいだろ? 誰もこんなニュースに食らいつきはしない。いつか地獄を見ようが彼らの勝手だろ。 が生きると思います。自由の部分に愛情を感じさせられましたので、作者の愛情の籠った視線も感じました。作者の視線が他の全てに愛情が向けられた作品を見てみたい私です。今回の作品も好きです。3089通りの二人に与えられた自由はとても独特ですね。3089を妙薬と読んだ私ですが。多面的に見るとまた違ってきます。 そして、最後に出てくる望みですが。作者様の愛情を感じるが故に、押し付けてはいけないと私は思います。望みでは無く、私には理想を押し付けているそう思いました。
0拝見しました。 良いですね。戦争の詩、と読みましたが、安易かもしれません。 さらりと素敵な事を言ってのけるのがいかす詩ですね。 戦争の詩、と読まないならば、最初のモラトリアム、が別の味を出してきます。伴って主人公の孤独なイメージも、荒涼とした世界の表現も、全くイメージが変わってきます。そこもまた中々面白いです。別件で、よく花の名前が登場しますが、花が好きな方なのだろうか、と想像しつつ、自分は花の事について全然知らないので読み解くのにググッたりしました 笑
0小林素顔さん、コメントありがとうございます! この詩はスタイル的に原点回帰として書いたものです。少年と少女、都市と言ったモチーフは僕が青年期から好んでいたものです。ビーレビューに投稿したり、詩を公表したりしてる内に崩していったもしくは破棄したモチーフでもあります。だがしかし素顔さんの仰る通り、魅力的な素材であるのは変わらず、特に僕にとっては変わらないので使わせていただきました。さて素顔さんにとらえていただいた「現在進行形の儚さ」ですが、それは恐らく2018年も終わりに近づいた…の下りがあるがゆえに感じられたのだと思います。このパートは現代詩投稿サイトでコメントしたり、他の方の作品を読まなかったら、+しなかった部分かもしれません。そういう意味でこの詩は原点に主軸を置きながら、変化、進歩していると言っていいでしょう。上手く行ったと思います。「事件性」も2018年、と近年の出来事として描いたからこそ生まれたものでしょう。とにかくも中々の高評価を受けて嬉しいです。ありがとうございました。
0つきみさん、コメントありがとうございます! 近代詩的。少し批判的に近代詩的と仰られたのかな? と思いますが余り詩をカテゴライズすることには興味がないので、その点はご勘弁を。3089を妙薬ですか。とても面白いですね。ダブルミーニングという手法は僕としても好きなのでそう解釈していただいて嬉しいです。さて肝心なのは「理想の押しつけ」ではないかという点ですが、これは押しつけではないのです。そう誤解される描写になっていたとしても。「それだけが僕の望むこと」の一節は、この詩の話者がギリギリの状態で、憔悴しきって、最後の願望、望みがそれ一つだったというある種の限界を表現しています。だからこの一節は苦悩の吐露でもあるのです。美しいものを眺めて、世界と自分は何て荒廃しきってしまったんだろうという悲哀も滲んでいます。この詩の少年と少女パートは今にしか、というかいつ書けなくなるのか分からないので、綺麗にまとめ上げられて良かったと個人的には思っています。コメント及び閲覧ありがとうございました。
0ふじりゅうさん、コメントありがとうございます! 戦争の詩ですか。確かに最後の「軍のヘリ」は戦争をイメージさせるかもしれません。だがしかしこの詩は戦争の詩ではないのです。軍のヘリを用いたのは危機的な2010年代末期を象徴する一語として用いているのです。サイレンとか軍機。いいですよね。少年と少女というモチーフといい、その純粋さが危機に晒されるヘリやサイレンといい、僕がとても好んで使うモチーフであり、一種の暗喩でもあります。自分の純粋性が冒され、荒廃した世相に浸食されていく。そう言った点を描写するのに、凡庸句的かもしれませんがあえて用いる。いいと思います。この詩は凡庸性に陥らず、すんでのところで新規性が獲得出来たと思っています。それも少年少女パートと、2018年も終わりに近づいた…パートが絶妙に融合したからでしょう。手前味噌な返信になってしまいましたが、正直な気持ちです。ご勘弁を。ではでは閲覧及びコメントありがとうございました。
0見事な散文詩なんですけど一文一文、いや一節一節が言葉の意味の領域から飛躍して行って独自に活動し始めて、詩の世界を拡大させていくんですよね。読者の安易な想像をいい意味で裏切りながら。そこが自分には真似が出来ない、すごいことだと思いました。
0批判的では無いですよ。近代詩の側面を持つ事は、伝統を重んじているだけではなく、近代詩の特徴が有る作品という意味ですが、特徴は書かないですー。申し訳ございません。
0ステレオさんは文章うめえなあと改めて本作を読んで思った。近未来的な内容も良く出来たプロットだと思う。
0仮名吹さん、コメントありがとうございます! 意味の領域から飛躍して独自に活動。どういった点でそう思われたのだろう、と読み返してみたんですが、この詩いいですね。笑けてしまいますがやはりと言うか当たり前ですが驚くくらい自分好みです。しかしそこで留まってもいけないので近日発表する次回作はより完成度が高く、冒険したと自負している限りであります。ご期待ください! 裏切りがあり凄いとの褒め言葉。嬉しいです。
0つきみさん、再度コメントありがとうございます! 批判的ではなかったんですね。近代詩の特徴があると。つきみさんからこれ以上お言葉がいただけないようなので、ググりでもして近代詩とは何かに迫りたいと思います。ではチャオです! 我がアミーゴ!
0三浦さん、コメントありがとうございます! 文章にまたも褒め言葉をいただいて嬉しいです。イイね! していただいたんですがステレオさんの文章をより一層お楽しみになりたいならカクヨムにて連載中の「月曜日は終わらない~そして魔王を倒しに行く~」をどうぞ。
0うーむ、いつもながら巧みな構築です。都市と少年と少女。雰囲気としてはぼくらが二十年前に感じていた近未来が混入していて、好きな世界観です。ビットコインや2018年という現在がクロスしてくることで懐かしい映画や漫画を久しぶりに観賞しているような気分になりました。しかし、懐かしいものでありながら今、でないと楽しめない作品であるようにも思います。演出、と言って適当かはわかりませんが面白い作品ですね。
0帆場さん、コメントありがとうございます! 僕らが二十年前に感じていた近未来。そういう印象もやはり抱かれましたか。そうなんですよ。実はこの詩の着想の原点は僕が幼い頃、ゲームの企画書として作った「サクリファイス」という作品なのです。だから透明感が残りながらの20年前の近未来という印象はあったと思います。2018年やビットコインの下りは成功でしたね。入れて良かったです。全体として現在の僕が描く2018年とビットコイン、そして10代の頃思い描いた近未来という二つの要素でこの詩は成り立っています。それはこの詩に独特のアンバランスさと同時に魅力をも作り得たと思っています。演出が面白い、また今、でないと楽しめないとの感想は嬉しいです。ありがとうございました。次作をまたお待ちあれ!
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