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蕎麦屋のマッチ箱
蕎麦屋に行くと、あなたはいつもマッチ箱を一つだけ手にとってからお店の外に出て、煙草を吸う。もちろん、さっき手にしたばかりのマッチで煙草に火をつけて。大学の中で煙草を吸う時も、あなたは蕎麦屋のマッチで火をつけている。だけど、あなたの部屋に行ってもその蕎麦屋のマッチ箱を見たことはないし、ライターを見たこともない。 疑問に思った私はつい「どうやって煙草に火をつけているの?」と聞いたら、あなたは「窓の外にある星の光だよ」と幼さを纏った笑顔で答えた。 一週間のうちに何回か一緒に食べるランチの中で、必ずあの蕎麦屋に行く。そして、あなたは必ずマッチ箱を一つだけ手にとって、お店を出る。 (一つだけだと足りなくなるから、もっと持って帰ればいいのに)と思うけど、それをあなたに言ったことはないし、あなたなりの流儀というか、謙遜なのか、それを認めていたかった。 ある時、その蕎麦屋が閉店してから、あなたが煙草を吸う姿を見なくなってしまった。きっと私が見ていないところで煙草を吸っているのだろう。でも、それを確かめることはしなかった。それもまたあなたなりの流儀というか、謙遜なのだろうから。 あなたの部屋で別れを告げられた時、私はとっさに閉店した蕎麦屋を恨んだ。私と付き合っていたのは、蕎麦屋に行くため、ただそれだけであったとしても、それでよかった。私は涙が落ちないように天井を見上げながらも、あなたの部屋にある小さな窓の外を見た。そこには、確かに光っている星が一つだけあった。窓がもう少しだけ大きければ、他にも星が見えたかもしれないけれど、その時はそれでよかった。 「だから、お願い。最後に、あの星の光で、煙草に火をつけるのを、見せて」とは言えずに、私はあなたの部屋を出た。後になってここに来れば、あなたが変わらずに住んでいて、あなたの顔を見られるような気がしたけれど、それはしないと決めた。それが私の流儀というか、謙遜だから。 真っ直ぐ家に帰りたくなかった私は、閉店した蕎麦屋の跡地に向かった。溜めていた涙を出しきるために下を向いた私に見えたのは、もう一度火をつけることができなくなってしまった何本かの泥まみれのマッチだった。
蕎麦屋のマッチ箱 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 886.9
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2018-04-08
コメント日時 2018-04-16
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
私とあなたと煙草(とマッチ)の話はよくあるが、蕎麦屋に絡めるのは面白いと思いました。 ただ、ちょいちょい説明が過ぎる気がします。例えば、 《疑問に思った私はつい「どうやって煙草に火をつけているの?」と聞いたら、あなたは「窓の外にある星の光だよ」と幼さを纏った笑顔で答えた。》 この文は、 《どうやって火をつけているのか聞いたら、「あの星の光だよ」と無邪気に笑ったっけ。》 くらいに省いても通じると思うのですが……
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