我々が貴重な卵の殻を集めているうちに、
海は荒波を砂に失くしていた。
宿命を背負う盛んな鮫らが、
青空の貞操に咬みついたあの日から、
無為を潮漕ぐ私は、静観の嵐を過去に曳いていた。
傲慢な逃避感と、低温度の戦果が樽の中で熟成し、
蛆を生む陽に晒されたクルーたちが、
あの感染症に冒され始める。
波を食んでいた人魚はそそくさと散り、
衝動の帆がひとりでに畳まれた。
海はもう目を覚まさないのだろうか。
甲板から、風をみつめる。
焦り走る暗雲の赤子に、
季節の災禍を垂らすベールの奥の亡者。
掠れる島の影は水面に溶けていくが、
落ちぶれた太陽と混ざり合い、
希望を孕んで輝こうとしている。
あれよあれよと、クルーの妄執が先に飛沫を上げた。
叫び宣う混身の祈りも浮き輪には代われず、
命の軽さに溺れるのだが。
自己嘔吐の崖になんとか踏みとどまっても、
星の慰みを寄る辺とするほかなかった。
なまぬるい煉海を失望の糸で縫いゆく。
海底から、生死の明滅に欲情し盛り上がった、恥部の孤島
を、見る。見える。見えた。
クルーの眼の中で、好奇に潤む錨が下りていた。
疑念の舵は音を立てて、
回る。回っているのだが。
浜辺に乗り上げ、息絶えた首から、
熱を膿んだ声、声、こえ。
甲板で私はひとり、
まだ回り続ける舵をみつめていた
コンパスは北を北として指している
しかし舵は回り続けているのだ
太陽も月も底に沈んでしまったこの大海原で
舵は回り続けようと、回り続け、
私がこの船から降りるのをじっと待っている。
そうか。そうか。
なら回れ。
回り続けろ。偽りの船。
お前の肌があの嵐に、
新たに軋み始めるまで
その音を、果たして逃しはしない
作品データ
コメント数 : 14
P V 数 : 961.6
お気に入り数: 0
投票数 : 4
ポイント数 : 0
作成日時 2024-10-27
コメント日時 2024-11-04
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/12/27現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
閲覧指数:961.6
2024/12/27 02時36分10秒現在
※ポイントを入れるにはログインが必要です
※自作品にはポイントを入れられません。
「渦酔い」に挑む者たち、として困難に立ち向かう様子とよみました。翻弄される運命、挑戦と葛藤なども嵌まるでしょうかね。読み手は自らの生き様を通し、この詩になにを重ねるのでしょうか。わたしは、一読して最後の六連かっこいい!つうか全体がカッコE!と思っちゃったのでそれで満足しちゃったんだけど。きちんと読ませつつ暗喩としても力強くあり、選語も好みでした。一票
1拝読いたしました。以下、良いと思った点と良くないと思った点です。総合的には良かったです。 [良い点] ○2行目からして読者を否応なく連れてゆく詩句。以降、多くの成功した詩句が人を魅了する ○“舵”に詩の内容的物語的なものが収斂してゆく、巧い流れがある [良くない点] ○まだ言葉を削るか選べそう。例えば1行目の“貴重な”は全体の高級な言葉の使用に比して、安っぽいアンバランスな言葉 ○海と船が出てくると、ランボーやジョゼフ・コンラッドを思い出させて、もう使い古された舞台・道具・設定だと思わせる 以上です。印刷して読みました。良い詩をありがとうございました。
1AOIさんの、カッコいいの言葉が引き出せて素直に嬉しいです。滅多にないことなので…… 異界が展開されることの多い自作の中でも、本作品はその異界への挑戦があって、違う味が出ているのかもしれません。 コメントありがとうございます。
0コメントありがとうございます。 指摘してくださった事について。まず、見破られたか、と思ったのは、本作品はランボーの「酔いどれ船」に影響されて書いた作品だということです。 「使い古された」ことについては確かにそうだとは思いますが、私はあまり好きな考えではありません。使い古された設定・舞台を、現代の言葉でとらえると何が見えてくるのかを、誰もがやってるのではないでしょうか。なんなら新しい設定などというものは、歴史の隅々を見てきた者にとっては無いと言えるはずです。どのようにリバイバルを起こすかだと思います。たとえば最近では日食なつこさんの楽曲、「うつろぶね」の歌詞なんかは、現代的だなぁと感動させられました。では、自分にはどう見えるのか? 「新しいことを」という考えは、これからの書き手の思考に少しブレーキをかける危ないものだと思いました。 考えようと思えば、複雑に要素を絡めた、読み手が取っつきにくい舞台などいくらでも作れると思うので、今回はシンプルな舞台を選んだ、ということで。 言葉の削りについては、仰る通りだと思います。指摘された部分ではないですが、全体的に饒舌になりすぎることは一つの課題ですね。だからこそ、本作品は一人の船長の主観から語られる言葉で、序盤は波の立たない淡々とした客観的な描写だったのが、最終連で切羽詰まり、感情的になり、反復も挟まっていく。そういう言葉の密度の緩急はつけたつもりでした。もっと大胆に、そして武器に加えていこうと思います。 ありがとうございます。
0すみません、わざわざ印刷して読んでくださったこと、とても嬉しいです。 紙ではまた違う印象、力を持ちますよね。 私もそろそろ詩集を視野に頑張ります……
0我々が貴重な卵の殻を集めているうちに 海は荒波を砂に失くしていた。 この冒頭の二行からして、この書き物が過去を遡ることで記録(記憶)の衰亡を辿ろうとしているのがわかります。 ~甲板から、風をみつめる~帆~コンパス~クルーたち。 そして回り続ける舵。 何やら大きな帆船の様子で、貿易船を襲うカリブの海を震撼させた海賊どもの夢芝居も浮かんできますが、それを描きながら渦に巻かれる語り手とは何者でしょうか。妙に描かれる廻想が挿話的に逸聞として読めてきます。それも肌質感に過る瞑想のように。 この詩は交錯を念頭に書かれた、荒波の渦に巻かれて消えた冒険者たちの儚い海運の記憶。そのことを描きながらも硬いベットで性交に耽る語り手の男。そう渦酔いとは、まさに歴史が交錯する瞬間の想いに巻き込まれながらセックスに没頭し酔う二人のことなのでありました。
1↑ 笑。よくわからないうちの内容。そうだろう、かな、?と独自性のある思い込みをしてみる。誤読も大事だよ。そう考える思い込みも世界観を耕していくのです。笑。
0トーンは重厚と見せかけて、熊倉さんの作品の中では意外とシンプルかつ読みやすいものだと思いました。一作ごとに新しいことに挑戦されていてすごいと思います。 内容について言及できるほどに読解力がないのですが、印象としては海外文学の翻訳調だなと思いました。なので逆に言えば英語にも翻訳できそうだなぁなんて思いました(私は英語くらいしかできない(すごいできるわけでもない)ので、要するに外国語ということでしょうか)。 なんで外国語に翻訳できるかと言えば比較的言葉のつながりが弱いというか独立しているというか、日本語のもにゃもにゃしているところがないというか、音も意味もさっぱりしているというか。 そういうスタイルを借りた何かということでしょうか。 結論のないコメントで申し訳ありません…感じたままを書いてみました。
1これは航海の詩ですか?
1メルモさん、コメントありがとうございます。 後半の、「セックス」につなげる考察、めちゃくちゃ面白いですね。確かに船に「肌」という言葉を使ってますし。盛り上がる恥部の孤島とか、性的・身体的な表現がありますね。そうなると「偽り」って何なのかとか、人によって解釈が違っていきそうな…… ありがとうございます。
0佐々木さん、コメントありがとうございます。 海外文学の翻訳調だというご指摘、確かになと思いました。外国語に翻訳しやすいように、なんていう意識はありませんでしたが、ランボー詩集を読んだ直後でかつ、ランボーの詩を参考にして書いたから影響が出たのかもしれません。 「一作ごとに新しいことに挑戦されていて」 →その時その時の、ハマった事柄や閃きで書いて、好奇心の赴くままだからでしょうか。もちろん過去の勉強メモ?みたいなのを見ながらの時がありますが、結構テーマとかは感情的に決めているのかと。だから今回は、このテーマは一貫させるべきだという感情で書いたためか、シンプルになっているのかもしれません。 ありがとうございます。
0そう聞かれますと…… 最終的には「渦」というものへの、形而上的なアプローチに焦点を当てていくため、一番「航海」という舞台がやりやすかったのですが、どのような詩でも良かったのかもしれません。もちろん、「航海」パートも自分の中で面白く書けていて良いなあと思いますが。 コメント、ありがとうございます。
0かっこいいですね。ピンチョンの『メイスン&ディクスン』を想起しました。 自由にイメージを浮かばせる描写力に、一票入れます。
1