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眠りの中で
「眠りたくない」 その子はそう毎晩思います。 明るい部屋から真っ暗な部屋に、どんなにぐずっても連れて行かれそこに横にならないといけないのですから。 明るい部屋に溢れている色彩に音楽。香りに味わい、気持ちいい感触。 どんなに楽しくても、暗い場所に行ってしまうのです。 どんなに頑張っても、気が付いたらあの真っ暗な部屋に気づいたら横たわっています。 何もない、あの退屈な場所に。 今日もいつの間にかあの暗い場所にいました。 「眠りたくない」 でもここで騒いでもいけない。 ここに来たらじっとしているのが決まりだから。 「ああ、眠りたくない」 もうどうしようもなく、退屈なこの世界を見つめます。 何もない。変化もない。刺激がない。 眠りについたらさらに退屈な時間が過ぎていきます。 退屈でした。 何かが変わる。 突如、衝撃音。 窓が割られ、大声がして誰かが入って来る。 拳銃が何十と火を噴き続け、部屋を破壊する。 刃物がきらり冷たく輝き、振りかざしてくる。 平和だった世界で。平和だったはずのこの部屋で。 何もできない。 胸ぐらをつかまれ、持ち上げられ。 ぎゅっと、目を瞑った。 『仏説魔訶 般若心経 ぶっせつまーかー はんにゃしんぎょう』 『仏説魔訶 般若心経 ぶっせつまーかー はんにゃしんぎょう』 『仏説魔訶 般若心経 ぶっせつまーかー はんにゃしんぎょう』 『仏説魔訶 般若心経 ぶっせつまーかー はんにゃしんぎょう』 『仏説魔訶 般若心経 ぶっせつまーかー はんにゃしんぎょう』 莫大な声が聞こえてきます。 それは何よりも大きな声でも、今さっき聞いた様な荒々しいものではありませんでした。 安心させる声で、それが何重にもそれぞれ違う誰かの声でもあります。 胸ぐらをつかんでいる誰かさえも困惑し、何かが今確実に起こっているのです。 『観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄 かんじざいぼさつ ぎょうしんはんにゃはらみたじ しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく』 拳銃を打ち鳴らし、声をいかに荒げても大きな温かい数十もの声は途切れる気配がありません。 『舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是 しゃりし ふいくう くうふいしき しきそくぜくう くうそくぜしき じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ』 掴まれていた胸ぐらは離され、あたたかい手が受け止めました。 『舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意 しゃりし ぜしょほうくうそう ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん ぜーこくうちゅう むしきむじゅそうぎょうしき むがんじびぜつしんい』 ここなら退屈ではありませんでした。 『無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得 むしきしょうこうみしょくほう むげんかい なーいしむいしきかい むむみょう やくむろうしむくしゅうめつどう むーちやくむどく』 ぎゅっと目を瞑ります。 『以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提 いーむしょうとくこ ぼだいさった えーはんにゅしんぎょうこ しんむーけいげ むけいげーこ むーうーくうほ おんりーいっさいけいどうむそう くーぎょうむそう さんぜしょぶつえはんにゃはらみたじげこ とーくあのくたさんみゃくさんぼーだい』 光り輝く多くの見た事がない、護ってくれるだろう無数の姿が見えました。 目を瞑っているのだから、これは夢だとわかっています。 『故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪 こーちーはんにゃはらみた ぜーだいしんじゅ ぜーだいむじょうじゅ ぜむーじょうじゅ ぜーむとうどうしゅ のうじょいっさいくやく しんじつふこ こーせつはんにゃはらみたじゅ』 それでも歌の様な祈りの様な声が、心にどこまでも響き渡ります。 あの真っ暗だけの部屋と同じ場所にいるとはまるで信じられませんでした。 気が付けば、割られた窓から太陽が昇り、温かった夢とは違う、引き締まった冷たい空気が部屋に入り込みます。 荒らされた部屋に驚かれ、朝は朝で色々な人が行きかいましたが、悪者ががんじがらめで縛られた状態で捕まったのは、理解できました。 今日は今日で明るい部屋から真っ暗な部屋で横にならないといけません。 でももう自分から目を瞑ります。 『即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶 そくせつじゅわ ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼしそわか』 あの数百もの歌の様な祈りの様な声に包まれ、光の中で温かくなれるのですから。 そんな夢を見る事ができるのですから。 『般若心経 はんにゃしんぎょう』
眠りの中で ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 421.4
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2024-01-02
コメント日時 2024-01-03
項目 | 全期間(2024/11/22現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
般若心経が印象的な詩で、矢張り全体を聞きたくなったのですが、眠れない夜の退屈しのぎとは思えないほどに本格的な心経の展開だと思いました。
0ここまで般若心経を引用した作品はそうそうないでしょう。 でもこれが諸仏の本願かもしれないです。
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