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蜜
女を抱きしめると急に闇の中で一人になった これは現実なのか 統合失調症 まるで罪名の様だ タバコを喫った 罪の味がした
蜜 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1079.5
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2023-11-27
コメント日時 2023-12-16
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
- 雑踏の中に紛れ、許される罪の欠片 (万太郎)
歌誌「帆」選考担当の一人、鷹枕可でございます。 此の度は、ご応募ご投稿を賜り、允に有り難うございます。 御作を拝読させて頂きました。 構成と致しましては五行歌ならぬ六行歌となっており、稍入り組んだ構造をなされていらっしゃられると思われますので、 構造分解より始めさせて頂きたいと存じ上げます。 一行目 >女を抱きしめると急に闇の中で一人になった と 五、六行目 >タバコを喫った >罪の味がした が一纏まりの >女を抱きしめると急に闇の中で一人になった タバコを喫った 罪の味がした と謂う破調の歌の構造と為っており、此れのみでは非常にオーソドックスな短歌なのではございますが 此の行間に >これは現実なのか >統合失調症 >まるで罪名の様だ と謂う詩語が挟まれており、此れが謂わば、内部構造に拠って外部構造の視点、つまりメタ的視点を導入していらっしゃる、という構成に受け取れました次第でございます。 つまり、前述の非常に短歌的な省略表現 >女を抱きしめると急に闇の中で一人になった タバコを喫った 罪の味がした が、通底的な、言い換えますならば非常に一般的な表現として通用致します、その共通想像が共通想像たる由縁を、 >統合失調症 の症候であるのではと、言挙げをしていらっしゃる様に受け取れました次第でございます。 評者個人は、詩歌には想像‐軸と現実‐軸の二つの軸が在る、と考えて居ります。 作者様は、その詩歌の想像‐軸そのものを、精神分裂気質であると断言していると、受け取らせて頂きました訳なのですが。 然様な思考、思想の根源に欧州型近代理性(現実主義の意志)の香りを感受せざるを得ません。 そもそも、此の土着の黄色人種は、多分に想像‐軸、 畢竟理ではなく情の表現様式を具有しており、そこに美的気質があると、評者は考えております。 つまり、現実‐軸(理)よりの言及を潜めて認めに為られた此の五行歌、否六行歌は、 日本的抒情の枢軸の一つである「短歌」(或は和歌)表現への挑戦、宣戦布告に他ならない、と受け取りますのは些か早計、且つ穿ち過ぎでしょうか。 果して、詩歌は想像を排した現実鑿で成立し得るのか、純粋な現実とは何か。 個人的には、斯様に意欲的な挑戦には賛否の賛を送りたく存じ上げますが、何分、一首では不足、とも思われます。 此の水準、此の切れ味の御歌を、最低限でも十首は揃えまして投稿して下さりますと、嬉しく存じ上げます。 上記の理由から、此の一首のみを掲載いたしますことは難しいと存じ上げますが。 可能性は大いに感受を致しました次第でございます。 それでは何卒、復のご挑戦、ご応募をお待ち申し上げております。 追補:評者自身が統合失調症罹患者である為、客観性を欠いた評文と為っております可能性がございます。何卒、御了承下さいませ。
0女を抱きしめる この一言だけで僕はこの詩がすき。 女と闇の関係はいかに 闇とは一体何であろう 現実とは 罪の味とはなんでしょう すべて感覚の中の話で客観がないようです。 そこに抱きしめている女がいるはずなのに 闇の中に一人とは なんと不安なことだろう 共有などできない。 ただ、女を抱きしめるとは なんと複雑なことだろうか それだけで十分に話すことができる とても好きな詩です。
0罪名のようだ、というたとえは初めて目にしました。 いわれてみれば、罪人と同じですね。
0おはようございます。 その、統合失調症の方、僕もそうなのですけれど喫煙率って高いんですよね。 加えてその喫煙行為自体が統合失調症の何か原因じゃないか、とも言われている。 まあ、あんまりソースのないことも書けないですし 統合失調症の原因自体は、未だ不明なのですが。 その統合失調症になること自体が罪の意識を負わせ ホルモンを安定する薬を服すので きっとそれと関係して、あんまりドーパミンが出なくなって また煙草を喫ってしまう。 二重に、罪の意識を負わせる。 短詩でありつつ、これだけ語らせるのだから それは成功している部類、私の中で、という詩ですね。 しかしまあ気負わず・・・僕はこの先も煙草喫っていくんじゃないかな、と思いました。 下手なコメントですいません!!
0今年に考えてたことなんですが なんでこんなに俺はさみしい人生になってしまったんだろうと そしてたぶんこれはバチが当たったんだと思ったんです ならそれは仕方ないと 引き受けるしかないと しかしそれなら罰はいつから受けていたんだろう そしていつ終わるんだろうかと思ったんです そしてその時ハッと気づいたのは罰を受けるのは許されるためなんだ 苦しみきった後には 救いがあるんだと無意識的に信じてるんだなということでした そしてそれは逆説的に最後に許されてしまうということは恐ろしいことだと思いました それ以降は恩寵を求めべくもないのですから もしかしたら俺が本当に欲してるのはいわばその宙吊り状態を半永久的に続けることなのではないかと 人間ってやつは依存することが大得意というか たぶん不可欠であり 生の本質であり意味なのではないか とすら俺には思えるのですが その限りにおいては罪くらい優しいものはないとも言えるのかもしれませんね
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