作品を読む
本当の自分
この作品を読んで思ったのは、「自然と笑みが溢れる」みたいなごく具体的なレベルの話と、曖昧で抽象的なレベルの話が、ちょっとごちゃごちゃになってるんじゃないかということ。 だって、"「自然と笑みが溢れる」 そんな瞬間はどこにあるのか"ってあるけど、たったそれだけで「本当の自分」に会えるのなら、それこそ笑いのツボが同じ人に会ったらそれで解決になるはずで。 そしてこの作品の中で、僕が決定的に誤解だと思ったところがある。それは、 "自分はどこにも存在しないのだから 周りの人が自分を作っている その自分を好きになれないのなら、原因 は 周りにあるのではないか" という箇所。ここでは自分っていうものが、周りから独立して単独で存在するものだという考えが前提になってしまっている気がする。でももちろん、"周りの人が自分を作っている"ことと、自分がたしかに存在することは、両立するはずの2つだろう。 親友に偽りの笑顔を向けるなんて、正直ありふれていると思う。大切に思うほどに傷つけたくない思いが高じて、相手に合わせるといったことの結果として。でもそんな親友への想いは、それこそ「本当の自分」の想いなんじゃないのかな。 そんないわば、関係性における感情の発露に目をしかと向けるなら、それこそいくらでも「本当の自分」が立ち上がる契機はあるはずだと、そう僕は思うのだけど。 なんというか、語り手がとかく真/偽の対立に拘っているのが気になった。本物が本物であることに根拠なんてなくって、本物だと思うから本物だみたいに考えるしかないから、「本当に本物?」みたいに考え出すと、どんどん気持ちが曖昧になっていってしまうのは仕方がない。つまり問題は揺れる心にあるというよりは、論理の形式にがんじがらめになっているということにあるのかもしれない。 かくいう僕も、いまだ「本当の自分」ってやつに囚われることがあるけれど、そんなときには、概ね本当の自分だけどちょっと演技入ってるかな(笑)、みたいな、そんな考え方をしていたら、いつしか先鋭化した本当感めいたものへの拘りはグッと減った。 でもまだ、「完璧に内面を描き切った詩」とか、「完璧に波長の合う恋人」みたいな、そんな幻想に囚われることもある。でも多分、もしそういったものが顕現したとしても、すぐに「もっと」と、欲望がドライブを始めてしまうだろうことも、いまでは分かる気がする。 何よりほどほどが大切なのだと思うと、語り手のしふぉんさんには伝えたい。
本当の自分 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 864.5
お気に入り数: 1
投票数 : 0
作成日時 2023-11-25
コメント日時 2023-12-06
訂正です。やっぱり「本当の気持ち」という感覚は、絶対に必要だと思う。概ね本心だけどちょっと演技入ってるな、なんて、そんな捉え方は、やはりぬるい。少なくとも、なんであれ切実な表現をしようと思うなら、やはり本物感は不可欠。
0