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田舎町から九州の都会へ
"夜に浮かぶあの月の窓から この世界を抜け出してやるんだ"― カッコいい。本当にカッコいい。僕はこの箇所が大好きで、それこそ何十回と読んできた。月に窓があるという発想にも、やられたと思った。 そうして読み直している今、僕はちょうど自身の未来が大きく変化するだろう岐路に立っている。語り手と共鳴するかのように、僕もまた、新たなる世界へ旅立とうと、その準備を始めたところだ。 田舎町から九州(福岡県)の都会へ―「九州の」というところは少し変わっていると思うし、37という歳でそんな決意をするところはもっと変わっていると思うけれど、それでも距離を置いて見てみるならば、そこにあるのは凡庸きわまりない、いわゆる"上京"のようなありふれた物語にすぎない。 しかしそれでも、僕の胸にいまだ見ぬ未知の世界が広がっているのは事実であり、たとえ客観的な凡庸さを誰かに逐一指摘されたとしても、僕は頑なにその事実の切実さに寄り添い抜くだろう。そしてその切実さが、その世界の夢のような息づかいから来ているという事実もまた、僕は全身で守り抜きたいと思う。 「税金、賄賂、嫌な大人の思惑のない 綺麗な世界」などというものが、この世界に存在しないことなど分かっている。それでも天上的なる気配に触れることなしに、本当の生を呼吸できるとは思えない。せっかく精神によって彩られた大地を、目指すべき大地を、冷笑的な距離を保ってただの一土地だと嗤うなら、胸に現れるのはただの土地どころではない荒野であろう。 「俺は世界最高のロッカーなんだ」と語り手が言うとき、そこに見るべきは肥大した自尊心のみではない。そもそも、元より語り手が傲慢なのではないだろう。むしろ逆だ。つまり、他者からシャープに自己を分離させるためにこそ自尊心が要請されたのだと、そう受け止めるべきだろう。膨れ上がった自尊心が世界への眼差しを強めるのではない。世界を1人強く眼差すことが、結果としてその胸を誇り高くするのだということ。 なんだか胸がホクホクとしている。きらびやかな夢たちと、それでもそれらが現実へと着地してしまう、その瞬間の諦念にまみれたざらつきのようなものが、交錯している。ファンタジー世界を夢見る少年のように伸びやかでいながら、しばらくすると決戦前夜の戦士のような面持ちになっている。これだから、「明日へと翔ける」ことはやめられない。 しかし山場は、まだ先だ。大地にしかと両足を着けることも忘れずに、実際には"ジリジリと"、新たなる世界の扉へと、近づいていけたら。
田舎町から九州の都会へ ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 563.2
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作成日時 2023-11-25
コメント日時 2023-11-25