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よくよそ見する子供は今日も
よくよそ見する子供は今日も ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1327.8
お気に入り数: 2
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2023-11-04
コメント日時 2023-11-11
項目 | 全期間(2025/04/12現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
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構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
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叙情性 | 0 | 0 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
title『よくよそ見する子供は今日も』とある。続く言葉は『死ぬ』なのかな。物理的な死に見える、この詩はその魂たちかなと、おもった。
0いやちがうか、選択肢が殺されるのか。自由が死ぬのかな。どうだろうな
0その先を知りたいのは私も同じなんです。「歩く」なのか「走る」なのか、それとも「叱られる」なのか「殺される」なのか。幸せになりたいと思っているかどうかさえ怪しい。いつか死ぬためにある自由。
1何とも言えぬ揺曳感がございますね。 >持ち上げられて落とされて >どっちにしたって怒る のは、余程虫の居所が悪くていらっしゃるのか、 単に対象格の人格の問題でございましょう。何処かしら、余裕の無い未成熟な大人達の顔を彷彿と致しました。 私は、夙に第三聯の叙述に唸らされました。 斯うした輪郭の文体は、終ぞ獲得をできませんでしたから。 四聯、最終聯への接続も見事です。 全体に、しなやかでありながらも一本の緊張感の様なモノが通っており、佳い詩文として堪能をさせて頂きました。
0わお、難しい漢字をたくさん知っていらっしゃる。ありがとうございます。私自身ふらふらした生き方しかしてこなかったので、筋の通った生き方には憧れます。でもたぶん似合わない。何かを伝えたいんだけど伝わってしまったら困る、そんな詩が書けたらといつも思ってるのですが。
1鷹枕可さんのコメントよんで気づいたわ。私の解釈だと大人が抜けてたからしっくりこなかったんだなと、だから幽霊だと思ったんだ。納得です。これでやっと上手いなと言えますわ。 >何かを伝えたいんだけど伝わってしまったら困る、そんな詩が書けたらといつも思ってるのですが 簡単につたわってしまったら、呼び覚ましたりなぞるだけなんですよね。なにか引っかかってそこから、覗いて見出すことを、うまく書き表せたらとは、たしかに思います(意図が違かったらごめんなさい)
0私もたぶんこれ大人の目線が入ってると思ってるんです。自分で書いておきながら思ってるなんて変ですけど、もしかしたら子供時代を知らない宇宙人なのかもしれないなあ、なんて。
1はじめまして 一連目の、記憶を言葉にして細部を浮かび上がらせていく、という行為を否定するように「ねえもっと夢のある話をして」と二連目がはじまる。そのまますっと作品の世界へ入っていける素敵な導入だと思いました。 生きていくこと、思い描く自分像を手放すということ、受け入れがたい自分と折り合いをつけていくこと、それらをを日常として取り込んでいくうちによくよそ見する子供ではなくなってしまうような、その抵抗として夢と死があるように感じます。 作品に漂う息苦しさ、というものに簡単に共感できますと言えないような筆致の確かさがあって、筆者さんの他の作品にも興味がわきました。 すてきな作品をありがとうございました。
0ありがとうございます。よくよそ見する子供でなくなってしまう、という箇所を読んでそういえば人間以外の生き物はよくよそ見するなーと思いました。人間だけはよそ見しない、何故か。 よそ見するのは周囲や状況をよく観察し間違った道を行かないためであり、これはある意味人間、特に大人だけがよそ見をしなくなって間違った道に行ってしまいがちだということなのかもしれない。そんなことをふと思いました。 よそ見とは身を守る行為であると同時に探す行為でもあります。自我、自分自身を知ってしまう前に知ろうとする行為なのかもしれません。 私の他の作品は、どうでしょうか、たぶん、げっ!と思われますよ。何故なら(半分マスクをめくる)。。。
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