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赤子よ、なぜ泣くのか。
ある日、大地に巨大な肉の渦が現れた。それはパルテニオン山をゆうに越えるほどの大きさを持ち、1215mの山を飲み込んでしまった。 世界は混乱した。その巨大な異常物質が、ただそこに現れただけで、それまで人々が当たり前だと思っていた世界の全てを否定したのだ。 なぜ僕たちは、自分たちの生活を当たり前だと思っていたのだろう。目に見える神秘など無い。たとえそんなことが起きたとしても、誰かがそれを解明して、論理的に説明してくれると思っていた。 神聖で不気味な、その肉の渦を目の当たりにして、人々は対話や理解を捨てざるおえなかった。それが人間にとってどれほど苦しいことなのかを知りながら。 その肉の渦の中心から、赤子が生まれた。これもまた巨大だった。人の理解を超えたものが、新たな生命を生み出すこの活動を、僕たちはただ黙って見ているしかなかった。まるでそれが当たり前であるかのように、出産は淡々と行われた。 その赤子の見た目は、いたって普通の人間の赤子のように見えた。その大きささえ無視すれば、白き柔肌に無垢な瞳を持つ、可愛らしくいじらしい赤子だった。 赤子がなぜ僕たちにとって癒しであり命の尊さの象徴であったのか。それは赤子がか弱き存在だったからだ。その巨大な赤子を見て、尊き命の輝きを見出すものはいなかった。 その赤子と肉の渦を神と呼んで崇めるものがいた。また、悪魔と呼んで蔑むものもいた。悲鳴のように歪んだオルガンの旋律に合わせ、崩れ文字の祝詞を歌い上げるものがいた。それら全てを嘲笑うように、赤子は動き出した。 赤子は、母を求めて彷徨うように、泣きじゃくりながらあらゆるものを踏み潰して進んだ。黄金に覆われた宮殿を、叡智を刻んだ石板を、踏み壊して大地に均し、後には何も残らなかった。 弱きものの憂いを、強きものの傲慢を、等しく赦し、祓い、神話は土に還った。 あの赤子がどこへ向かおうと僕たちには関係ない。さらなる破壊のために宇宙へ向かおうと、眠りにつくために深淵に帰ろうと、瓦礫も残らない世界を観測するものは誰もいないのだから。 僕たちは、恐怖から完全に抜け出せたと思っていた。暗い洞窟の中で身を寄せ合い、焚き火に手をかざしていた時代から、あらゆる恐怖を打ち倒していったはずだった。 嗚呼、赤子よ。なぜ泣くのか。それが僕たちの、あるべき姿とでもいうのか。 誰か助けてくれ。理不尽に滅びてしまった僕らを、誰か、思い出してくれ。
赤子よ、なぜ泣くのか。 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1125.6
お気に入り数: 0
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2023-09-15
コメント日時 2023-09-17
項目 | 全期間(2024/12/04現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
小林秀雄と岡潔の「人間の建設」が、夏の文庫フェアなんかもありつつ流行っていると。 岡潔という方は数学者ですが、自然科学についてわりと警戒していました。 その、科学でいうと、原子力爆弾からダイナマイトを持ち出して 「破壊」することは可能であると。 しかしその反対に「創造」できなくちゃいけないと言及しています。 この作品を読む限り、その赤子というのは創造されたものなのですけれど やっぱり破壊を生み出すという意味で、科学があって、その副次的なものの範疇に 収まるのではないか。そういう暗喩と私はとりましたけれども。 核のゴミ、汚染水とか。 しかし、赤子というのはやっぱり創造させられた、ものであって その、神話にちらと触れられていますけれども、その訓示は人間の無力さを訴えること だとして、非常に、何か、聖書を読んだあとのような気持ちがしました。 その、常識に風穴を開けるという意味で、採集されなかった聖書のある一つの記、 という風に読めました。
0破壊と想像で言えば、これは科学ではなく詩作の話なんですけど、ぼくは詩作は創造では無くて常に破壊行為だと思っているんです。むしろ、何かを創造する芸術なんてないんじゃないかと思っています。原理的に0から1を作り出すことはできないように。 科学のことはよく分からないですけど、どれだけ発明が進んでも結局世界は破壊させられるのみという、無力感や悲しさを、最近感じるようになりました。
2肉の渦という想像が、独創的だと思います。赤子が生まれ、踏みつぶしていく。悲しく救いようのない光景ですが、現実にそういうことが起きると思うと、それはどんな象徴的意味を持っているのでしょう。破壊とおっしゃっていますが、人間の文明が破壊されるべきということでしょうか。それは納得のいくことです。こういう、思想的な話を考えていらっしゃるのはすごいなと思います。たくさん思想を作るべきですし、正しい思想を持つべきですね。宇宙に出ていく、という叙述があるところから、宇宙生命からの視点というものもあるのかもしれないなと思いました。ところどころ、論理的にあり得ない想像についての記述がある点だけが、少し気になりました。完成度と、没入感に関係してくると思います。概して、すぐれた作品だと思います。とても楽しめました。
0思想というより、これは自らの精神への挑戦です。僕はあらゆる思想や理念を持たずに、精神のみで詩を書きたいと思っていますので。 この詩は破壊という概念への挑戦の意味を含めています。
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