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それはまるで毛布のなかの両手みたいで/詩篇:2019(抄)
河の暗いところで きょうのためにできることの、その心許なさ 金が減ってものが増えるだけの、うしろめたさ なにもないところからでて、なにもないところに帰るだけ ところで存在するってわるいこと? それとも善いことなのかを教えてくれ 男がいる、 河の暗いところで、 立ってる、 そして泣いてるように見える どうだっていいけれど、 ぼくはぼくの亡霊でしかない 叶えられない祈りのなか、ぼくはぼくの指を握ります もしかの女がこの室にいたらとおもう もしかの女がぼくのなかを読んでくれてたらとも でもぼくはもはやかの女のために書きはしない かの女のために唄ったりしない 雲が水へ還るみたいに かの女の姿はいつもおなじじゃない ぼくがいる、 河の暗いところで、 坐ってる、 そしてみずからと戯れる どうだっていいわけじゃないけど、 いまのところはなにもかも忘れて、 ラダーシリーズのレベル1から、 ロサンゼルス郡立博物館まで渡航します。 置き手紙 これだけのおもいを運んで来るのにかの女はさぞ大変だったろう 廚の火が消えてひなぎくが一輪ざしにされてしまったから ぼくはどう応えたらいいのかもわからないまんまで かの女のなかにいる、もうひとりのかの女の声を聴く ぼくはかの女の手をとって荒れ地まで歩く はるか誘導円木のまわるところで 口づけをして 笑ってみる でも笑えないんだ まるでリリオムみたいにぼくはかの女を突き放す そして男歌を叫んで土に身を投げる やがて零時を過ぎたころ、 ぼくらは列車に乗る それで夢は終わる かの女は置き手紙を書きかけたままで どっかにいなくなった もしかしたらまだ夢のなかにいるのかも知れない ぼくはかの女のおもいをすべて受け入れる ──あんたってくそやろうよ、 わたしを利用するだけして、 もう懐いだしもしないなんて、 さっさとその木椅子みたいにばらばらにされてしまうがいい。 ぼくはかぼやく、 そいつはありがとうだ、と 昏くなりかけた通りをひとり歩き、 時刻表を読む、 読むふりをする、 列車が過ぎ去った、 ぼくらは列車に乗らなかったんだ やがて夢が始まる。 I'm waiting for a man ひどい週末だった、なにもかもを懐いだして、 かれはふいにモーゼルの照準を合わせる おもちゃの銃を弄び、なにかを忘れようとしても、それはあがきだ やがてかれがぼくに電話を掛けてくるという論証もないではない かれはいった、哲学は手段だと こうもいった、手段を増やしつづけるしか生きる道がわからないとも なんにせよ、ぼくはかれのことを切り離せないでいる 古着みたいな共犯関係のなかで、 ぼくとかれは韜晦する 室をでても いくところがない それでも歩き、 それでもなお走る、 きっとかれはぼくを必要とはもうしないんだと、薄々感じながら、 黄色くなった植物をいっぽんいっぽん引き抜いていく それからけっきょくぼくは室にもどる 電話が鳴った ぼくは手を展ばさない 電話がやんだ かれが来るのを待つ えらく慇懃な信号が窓のむこうで瞬き、消える 静まりかえった悲しみになにを与えるのかを撰ぶ 哲学は悲しみの解毒剤になりうるとシオランが書いてた 存在するってことが、いっこうに実存になってくれないからか、 ぼくの咽が渇く ぼくの脳が渇く ひどい週末だった、なにもかも懐いだす ぼくは初めて盗みをして、 かれは初めてひとを撲った 追いつめられて道をわかれ、 やがてふたりを閉じ込めた壁がいま、 室の真んなかまで迫ってる ぼくがまだかれを待ってるのにもかかわらず。 mind out おもいはさかる、 きみのことが好きで いつか会えるとぼくはおもってた でもそれはまちがいで、 ぼくはみずからの熾きを消す じぶんのなかで永遠みたいにつづく、 過ぎ去ったものへの恋着や、 マイナー性やなんかに甚だ厭気が差したんだ 休日の静かな路次、 足を痛めて、 遠くまでいけないとき、 身もだえることもなく、 ぼくは坐ってる やがて沈黙のまわりを巡回する警備員たちが、 ぼくを発見してくれることを願いながら なにが愉しいのだろう なにが淋しいのだろう いったいなにが欲しいのだろう 虚名にうなされ、 事実を見失ったかげたちがいま、 それぞれの立ち場で、その身の切なさを磨いでる いったいなにができたというのだろう おもいはさかる、 まちがったところで ぼくはきみのことを懐いだす 投げたボールがいつも返って来ないむなしさの澱で、 ぼくはみずからの熾きにすがる 自身のなかで延々と疾走しつづける、 迷いや欲望に喘ぎながら、 この地下生活に甚だ厭気が差す 休日の通り だれもいない町 足を痛めて なにもできないんだ やがて身もだえるような懈さに ぼくはすっかり負けてしまうんだ なにが思慕だ なにが憬れだ きみのステップがぼくのなかで踵を打つ ぼくのステップはきみにはとどかない いったいなにが欲しいのだろう 虚名に曝かれ、 物語を見失ったかげたちがいま、 それぞれの地獄で、その身の醜さに耐えてる いったいなにができるというのだろう はらからよ、 おなじように地下のなか、無名のままで、その表現とともに忘れられ、 かえりみられることもないひとよ 気をつけろ missing for yuri nakakubo なにをやりおおせようともかの女にはわからない なにをしでかそうがかの女にはかかわりがない もはやかの女がどこにいるのかさえも わからなくなってすでに10年が過ぎ、 ぼくは夢のなかで OSSへと あの倉庫へと 急ぐ もういなくなったかの女に与える辞を探しながら、 急ぐ もうじき去ってしまうかの女に伝える辞を探しながら、 焦る 夢の倉庫は照明器具を扱ってる、 ぼくは1階の出庫口から小さなエレベータを使って、 2階へといく かの女はそこでぼくと働いてたんだ フロア主任がぼくを怒鳴る、 そして追いかける ぼくは走る やがて暗がりのなかでピッキングのリストがちばらり、 鬱病の男がぼくを掴まえていう、 きみはぼくの息子にそっくりだっていう 突き放してフロアの奥へ走る、 主任は気味のわるい、 口のわるい、 品のない男で、 あんなやつになんか負けたくない でもおとついぼくはかの女にわかれをいって、 そして翌る日、ふけたんだ それでクビにされた でも、 いまはかの女は映画のなか、 もっとわかいころのかの女が映画にでてる、 スクリーンの裏手まで、 ぼくはいった 5階の男がさえぎる、 キンジョウさんがなにかいってる、 ケイシンや、もりか運輸、 信州名鉄AとBやなんかのトラックがいっぱいで、 なにも見えなくなる それでもぼくはかの女のなまえを呼ぶ ──ナカクボさん! かの女が笑みを浮かべて立ってる そこで眼が醒めて、 がっかりだ おなじ町に棲んでたあの娘、 おなじ歳だったあの娘、 ミヤザキからきたあの娘、 バンドをやってたあの娘、 みじかい髪が愛おしくなるようなあの子、 なにをやりおおせようともかの女にはわからない なにをしでかそうがかの女にはかかわりがない もはやかの女がどこにいるのかさえも どうか教えてくれ、 かの女が倖せだかを そうおもってふたたび、 ぼくはまぼろしをfall out してしまう いつも、いつも、そしていまも、 still hate for Reina Terao and Sayo Takeuchi かの女の声はまるで電話線を通したみたいに聞える かつてハネットがイアンの歌声を録ったみたいに耳に来る なんだかずっとそばにいるみたいに聞えて来るんだ それでもなお知らなかったとかの女はいうだろう べつにそれがほんとうでなくともぼくは受け入れるだろうし、 だからって卑屈になることでもないにちがいない ひとつがだめだからといって ぜんぶを放りだしてしまうわけにはいかない ちょうど夢が終わりはじめたあたりで もう気にかけなくていいよという かの女はきっとぼくを欲しがったりはしない 通りに置きざられた車のなかでいま、 毀れたシンセからのリフレインがしてる 土鳩が羽を休め、猫が駐車場へ消える そして審判が下される、 19日も仕事をしなかった罪で 労働はたえまない自我の放棄でしかないのに ぼくは意識のなかでもがく 他人がじぶんと重ならないように じぶんが他人と重なってしまわないように でもそれは恥ずかしいこと みながみな他人とじぶんを重ねたがり、較べたがる ぼくはもうそんなことには厭いてしまって、 とにかくあそこから逃げだしてきたんだ モッキンバードを咥えてこの室に退避してきたんだ もはやどこにも帰りようがない もどる場所はない 母さん、 ぼくはこれでもがんばっているんだ あなたが生存するという論証などいらない あなたが埋葬されたという報せが欲しい それならあの男みたいに教誨師を追い払うことだってできるのに かの女は嗤った まるで鏡のむこうにいるみたいに かの女はぼくを見ない それでも声だけはぼくを捕らえる──かの女はいう 知らなかったわけじゃないけれど、 あなたがあんまりかわいそうだったから、 もっといじめたくなっただけ 勘違いしないで 他人を苛むことで慰みを憶えたりはしなかった ただわたしは大人になったということよ あなたはみすぼらしかった いまだってそう、 でも少しましかもっておもう いまあなたが書いた辞が だれかを傷つけても わたしには無関係 だから早く、 わたしのことなんか、 懐いださないで 気持ちわるい、 死ねって 多くのひとは 多くのひとは雲のなかで目醒めたりはしない 水のなかで熱くなったりもしない そして炎のなかで溺れたりもしない したたかな晩夏の光りのなかで芽吹き、 やはりしたたかな初秋の光りのなかで凋れるものはなに? もはや犯意を失った群小詩人のなかにあって、 わたしはひとり、草むらを歩く だれもわたしのことを知らないということの不安を だれもきみのことを知らないという事実で埋めようとしてる 質問?──それもいいだろうけど、 けっきょくは表面をなぞっただけで、 なにもわかり合えないということ たったそれだけの事実がわたしに詩を書かせる 箒に寄りそう木枯らしみたいな、つつましい事実よ、 眠れ、眠れ、眠れよ きみたちのために寝台は空けておいたから もう大丈夫、大丈夫だといいかけてやめたのはなぜ? きっとふりまわした花みたいになにもかもが奪われて死ぬ だからか、外套を投げてビルの屋上を歩きたい 多くのひとは雲のなかで目醒めたりはしない 水のなかで熱くなったりもしない そして炎のなかで溺れたりもしない だのにわたしはそうでもしなければもはや、 生きるのもむつかしい きょうで港湾労働も終わった、 しばらくはだれとも会わないでいるだろう アパートの床に素足を立てて、 やがてわたしは雲のなかで目醒める 水のなかで熱くなる 炎のなかで溺れる そうともさ きみは? 夢の定着液 蟻塚によじ登る夢を見た じぶんがアリクイになった夢 過古からやってきてはやがて現在へと定着する夢 落ちてきた不運をみなスクリプトしつづける夢 ぜんぶがじぶんの不始末からはじまってる それが夢のなかの、 あらゆる穴に符号する、 ゆるい神経痛だ 「ダニエラの日記」をだれか買っておいてくれ いつでも悪夢を見られるような、 仕組みが欲しい、 つまりはいつでも、 眼を醒ましてゆっくりと、 現実を定着できる液体が欲しい 旧十和田駅、 製材所があったあたりで泣き声がする そうさ、まさしく人間が泣いてる声だった しかしその駅すら、もう2年まえのまぼろしだ 果たしてそれはほんとうに人間だったのか アリクイの鼻が鳴る 定着液が誤って零れたんだ ぼくはもう人間には帰れない どうか人語で話しかけないでくれ それはまるで毛布のなかの両手みたいで いまでもこの場面を路上で叫ぶものがいる 幾晩も眠れない夜を送った 夜のほどろにはそんな人間ばかりががらくたみたいにいる いまのわたしがどうなっていくのかを観察しながら 燃えあがるスカートを眺める 水鳥が死んでる 片手には斧、 もう片手には愛が咲く それはまるで毛布のなかの両手みたいで あったかいんだよ、アグネス でも追いつめられるんだよ、アグネス みんながそれぞれの通信のなかで、 蛸壺に落ちただけなら、 技術なんておとぎばなしだ 光りが歩く 警笛がたちどまる かれらかの女たちは始めたんだよ、アグネス けれでも放送が突然に切られて、 信号が変わる 表通りで自転車が発狂し始めたのを皮切りにして、 町のひとびとが凶器に変わった いや、それを撰んだといっていい エリンは燃えながらワンピースをゆらして踊った ケンゾウは新聞記事で家を建て、 スティーヴンは星狩りの舟に乗り、 それぞれのちがったおもざしを光らせて、 第7惑星の空にちらばっていった わたしが聴いたのは 最後の2小節、 警告と発展だけだった ジェーンがキヨコの手を握って、 なにも形成されないところで起きた、 現在が発生する、磁場の衝撃波がしている そしてそこにはいまはもうだれも残っていない だけどアグネス、きみは受け入れることができるんだよ
それはまるで毛布のなかの両手みたいで/詩篇:2019(抄) ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1083.0
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
作成日時 2023-06-29
コメント日時 2023-07-05
項目 | 全期間(2024/12/22現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 0 | 0 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0 | 0 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
あたらしい詩にあまりよいものがなかったので、旧作からマシなものを見繕ってだしただけだ。それ以上の意図はない。おれはおれを愛してはいない。それに愛を以てして過去作を撫で回してもいない。両眼にアイスクリームでもつまってるんじゃないかとおもってしまいますね。
1このまま詩集になりそうに想う
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