20xx年のある日
私は人工のアルプスと自然のディスプレイに囲まれて
安楽死装置のスイッチを押す
ああこれで全てが青いところに沈み誰の眼に触れることもない
そう安心しかけたとき
いままで飲み込んだすべての痰が胃から逆流し
いままでうやむやにしたすべての約束が耳元で履行を迫った
畜生すべてやりなおしだ
そう叫んで眠りから覚めた
いまは2023年
急いで支度して家を出た
いつも通り電車は一定量の遺失物と肉片を
いつも通り学校は一定量の紙と知識を
それぞれ生産しようとしていた
家に帰るころにはそれは終わりつつあった
そして私はいつも通り何も生産しなかった
「電車も学校も何かが入って何かが出るだけだ
それなのにぼくは何も入れず何も出さない」
そう呟いていつも通りナイフの本数を数えた
かなりの間このことについて考えてきたが
答えが出る気配はない
眠りにつこうとしたとき
けさの夢を思い出した
大半の夢がそうであるように
夜には青白い気配しか残っていなかったが
あれは未来ではなく過去なのかもしれない
そう思ったとたん身体が震え始めた
「まだ忘れない」
「まだ忘れない」
壁の向こうから無数の声が聞こえた
その途端すべてを思い出した
蝉の抜け殻、複数の直線としての光、赤く染まった目、叫び声を思い出した
誰かが部屋に入ってくる
許してくれと叫んでも歩いてくる
笑いに塗れながら歩いてくる
私はナイフを握ろうとした
だが彼の前ではすべてが灰色に腐食してしまう
彼は耳元でそっと囁く
「おやすみ」
そしてすべては灰色に溶け
ナイフは記憶を拒絶した
もし次の朝
いつも通り子供たちが外を走り回って
約束を果たせなかった者を罵っても
私がその声を聴くことはない
作品データ
コメント数 : 1
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作成日時 2023-06-07
コメント日時 2023-06-14
#現代詩
#縦書き
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2024/12/22 14時58分28秒現在
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「電車も学校も何かが入って何かが出るだけだ それなのにぼくは何も入れず何も出さない」 というところが面白かったです。 ラーメンでも食べながらこの台詞を言ってたらちょっとしたユーモアになる。
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