何も言わずに、十万円貸していただけないでしょうか?
もう、預金がほとんどありません
金が、ねぇと、かねがね思っております
かねてから、金がなくて、社会との兼ね合いも取れなかった私は
親を悲しませる度胸もなくて、逃げ出すこともできずにいます
私が親を悲しませたくないのは、脅迫されているからなのです
幼少期より私は脅迫されていて、私は私の自尊を担保にして金を借り、あの男と女に払い続けています
母は、嫌な女でした
嫌な、とても嫌な女
そして父は、嫌なモノでした
嫌な、嫌な、腹の底が冷えつくような嫌なモノが
私には古くから家の中におりました
父に強姦された記憶があります
父に殺害された記憶があります
父に強盗された記憶があります
それらの事実はなく、私には金がないという事実のみがあります
私は預金通帳の残高を見てため息をつくとともに今までに支払った身代金の総額を換算してため息をつくのであります
父は、山にいるモノでした
理解が出来ず、黒い暗い山の影に立ち尽くすモノでした
母は、海の人でした
わかりやすく、安易で、冷たい
山の中に、ひとり取り残されてしまった私は、がさつく海を眺めながら冷や汗をかいています
不快、不愉快で、不確かで、不明瞭で
私は唇に涎が溜まるのを拭くこともできずに
漠然と、ただ遠い
それはただ泡立つように足元にぬかるんでいました
そしれ私の形容は全て、脅迫されて痩せ細った魂の角質なのです
ボロボロと床に落ちていくそれを、私はいつしか舐めとっていて
私が私を形容する全てが否定系のそれらであり
私が私を述べる全てが不安のそれであり
私の中には安定した時間の流れが存在しないのです
私は被害者であり、遺棄された遺体であり、投げ出された女の肢体であり辱められた男の頭骨でした
男たちの滑稽な決闘と
女たちの凄惨な復讐と
私の吐き気を催すような幸せになりたさは
決して同列ではなく
私の被害者意識は顔のないネズミのように類似品を産み落とし続けるだけなのです
それにつけても、金がありません
金がないと言うことは未来というものを想像できないと言うことで、ふと食べたくなったサンドイッチを食べられないと言うことで、私が記録されていないと言うことです
累積する帳簿の中の数字に沸く無数の虫は、しかして父の顔をしているのです
人の顔をした虫といえば一般には死者の類でしょう
死者のだらしなく開いた口元から火出たコオロギは篁の顔をしています
病的に青ざめた月のように蠢動するそれらは
萩原朔太郎であり、
アンドリュー=カーネギーであり、
またマリリン・マンソンでもあるのです
虫
虫とは本来長いものを言います
カーネギーの顔をしたコオロギの群れは、漱石の顔をしたコオロギと同じほどに長く
それは即ち私の左手の薬指ほどの長さなのです
だから、蠢動するのです
春になって、死に絶えて、中原中也が踏み潰しにくる
金もなくて、黒いドブ色のスニーカーを履いているあの少年もどきは
赤く細らんだ指先に祈りをたたえて
私たちの閨を踏み荒らすのです
父を、殺してください
母を、救ってやってください
あの連中から、私を取り立ててください
小説を書いたって、一銭にもなりやしないのです
詩も
ミュージックも
絵画も
学術論文も
日本語の全てを金銭に換算した際に
オークションにかけられるのはいつも行間にこびりつく勘定できない青いカビで
フランクリンが発見した電流の中を、源内百足がうねり回る現象をこそ龍と呼ぶのです
ドブ色のスニーカーから、三円を発見して
私たちは得ることの惨めさを知るのでしょう
夕飯の時間には、私は私が殺せなかった父の髪の毛を食べています
白髪混じりの、赤い泥の味がする私の父の髪の毛は
母の子宮を機能としたときに
彼が使用した赤い泥の味がするのです
生存のよるべもなく
ただ寂しく自動筆記的に引き付けを起こし
アリス=リデルの解けなかった謎々と解いた謎々の数をクロスワードパズルの答えにして
だから彼らはいつだって子どもに報奨金を払う気持ちはないのです
金がない
深刻な話であって、単純な情報です
私たちは短期に大金を得るためだけに自分を切り分けることはできません
犯罪です。犯罪も可です。しかしそれは私の自尊を質に入れることなのです
労働という選択肢が排除された設問において私たちは、いつも安楽椅子の上で金勘定をしている
働きます
働きます
働きました
汗は塩の味がして
塩は海の味がして
母のヒステリックな引き付けと、父の理解できない苦い匂いが工場長に注意されます
ごめんなさい、ごめんなさい
免許、取れませんでした、ごめんなさい
嘘ついてごめんなさい、山に行ってごめんなさい
あのお山の奥に、お金があると聞いていたから
父がぼうっと立っています
印刷や運搬をしました
ホールスタッフをやりました
カチャカチャと皿の擦れ合う音が耳鳴りして
Bluetoothのイヤホンをつけたくなります
人間の吐く息は大気汚染して
換気扇の奥には人の顔をした虫がいました
一名様、ご案内いたします
こちら、食器になります
お客様、どうかご覧になってください
お客様、どうかお亡くなりになられませんように
ああ、金が
山の、山の奥の匂いがします
そして客席には、いつも百人の父がぼうっと立っていました
母はもう、這いずるようにしか激情を表明できず
私は最下層で土下座して
テーブルの下の三円をじっと見ているのです
明日からは、死体を売ります
イベントの解体を終えて、社員の怒声に耐えて
私がスーパーマーケットで働いていた時の話を少しだけさせてください
私はそこで老婆の幻影を見ていて
しかし彼女の口にいるのはやはり直立の姿勢を保ったまま横になった父なのです
両手を突き出し口を開けて床に眠っている百人の父の口からもまた、直立の姿勢を保った父がはみ出ています
老婆や糞尿を漏らして、私はそれを社員に伝えています
こんな仕事アルバイトでもできるんだよと社員を叱るチーフの顔をした虫が居て、私は炭酸水とサイダーの間にある三円をちょろまかしました
私はそして陵辱されていて
不躾な男がコーラを買い込むので倉庫と売り場を行ったり来たりをします
全員、金になればいいよ
ひとまずは十万円欲しいんだよ
私は、十万円が欲しいんだよ
金が、ない
金がないんだよ
土の上に伏して、私は精神状態が停滞していることを実感する
音楽を聞きたくないんだよ
男にも女にも欲情できないんだよ
生まれつきじゃなくて
金が、ないからだよ
きっと
そういうことにして
だって、金がないし、私は一歩も部屋から動けていないし、父はリビングで寝ているよ
お母さん、ごめんね
お母さんの気持ち、私はわからなかったよ
言っていることはわかっていて
何もかもあんまりに浅はかで
でも、私は私が浅はかでないとでも思っているんだろうか?
あるいは、人間は人間に近い知性の構造をする生物を知能が高いと形容すると言うから
母にとって私はきっと浅はかなのだろう
私と母は遠くて
父と私は離れている
時間と距離は別軸にあるように見えて、本当は同じものなんだよ
そこに落ちている三円を拾うまでにかかった時間が君と三円との距離だよ
だから私と父は一光年離れている
惑星を金勘定できたら、どうか私に十万円ください
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
お父さん、お母さん、私
みんなごめんなさい
たった一日頑張るだけで、違ったのかもしれない
私にとって、明日はあまりにも近くて
けれど足元に父母の顔をした虫が百匹ずつ沸いている
中原中也が横切っていく
助けてくれる
でも、踏みつけた虫の死体は、全部萩原朔太郎のように青ざめている
私は突然吐き気を催して
吐き気の金勘定をしている
私を形容する、否定系
不浄で、不完全で、不安定で
カーネギーの想像が、耳の裏にこびりついています
タンギー爺さんは、なんでゴッホを支援していたと思う?
でも
私はとりあえず、十万円欲しい
それはね
タンギー爺さんの顔をした虫が、虫とは本来長いものを指すのだけれどその虫は小さく短い羽虫で
四本足だった
ゴッホの顔をした虫はいない
金輪際いない
古今東西いない
どこにも、いない
私の顔をした虫だけがいつも両手を擦り合わせているのは、量子力学でどうにかなるんですか?
ねぇ、電気椅子にかけられるバイトをしたら十万円もらえますか?
アインシュタイン、あなたの口からはいつも父が直立の姿勢を保ったままはみ出していますね
虫が
無数の虫が私の長い血管の中で
そういえば私はきっとこの虫から見たら頭が悪いのだろう
暗いドブ色の雨のように血管が弾けて
タンギー爺さんの顔をしたその血液は
フランクリンは、マリリン・マンソンは
私の血中を泳ぐそれらは
とても自尊できない何かだった
だから、とにかく金がないのです
風呂の、排気口から、私の顔をしている
虫が、三円を咥えて、そのまま死んでいる
ちちははを、売り飛ばしたし、秋の空
それで、私は金がもらえるんでしょうか?
いくら貰えるんでしょうか?
子どもたちに報奨金を払わない大人たちは、私を大人だと言ってくれるのでしょうか?証言台に立ってくださいませんか?お金が足りないのです
傍聴席には、虫がいます
長い長い、虫がいます
あ、
グレゴール=ザムザ
虫
私の顔をした、虫が
働きたいです
働かせてください
一歩も動けないので
働かせてください
土下座します
自尊を、担保にするので
どうか十万円お給料を前借りさせていただけないでしょうか?
十万円、ください
金が、足りないのです
金が
あの山に、落としてきてしまったから
父がぼうっと立っています
母が、狂乱しています
私の不安定な形容詞が
馬鹿のように口を半開きにして
唇を泡立たせていて
お願いします
十万円、足りないのです
金がねぇと、かねがね思っております
作品データ
コメント数 : 6
P V 数 : 920.3
お気に入り数: 0
投票数 : 2
ポイント数 : 145
作成日時 2023-02-27
コメント日時 2023-03-03
#現代詩
#縦書き
項目 | 全期間(2024/11/21現在) | 投稿後10日間 |
叙情性 | 30 | 30 |
前衛性 | 20 | 20 |
可読性 | 10 | 10 |
エンタメ | 15 | 15 |
技巧 | 35 | 35 |
音韻 | 15 | 15 |
構成 | 20 | 20 |
総合ポイント | 145 | 145 |
| 平均値 | 中央値 |
叙情性 | 30 | 30 |
前衛性 | 20 | 20 |
可読性 | 10 | 10 |
エンタメ | 15 | 15 |
技巧 | 35 | 35 |
音韻 | 15 | 15 |
構成 | 20 | 20 |
総合 | 145 | 145 |
閲覧指数:920.3
2024/11/21 21時24分56秒現在
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すごすぎます。私は橙色さんの作品にこれまでも何度も驚いておりますが、これは私の中でNo.1です。もっと色々書かないといけないのですが、どうしても時間がなくてポイントと投票のみになりすみません。
常に前よりいいものを作りたいなと思っているので(無論無理なんですが)一番新しい作品をNo.1と言ってもらえるのは、実は一番嬉しかったりします。コメント、投票、ありがとうございます。
0ホントにすごいです。この一年間ぐらいに登場された投稿者のなかで群を抜いてすごい作品を連発されていて、私もすごいの書いてみたいと毎回の投稿作品に触発されてます。私も一票。
0絢爛な引用があると思いました。具体的な知識以外にも、体験に裏打ちされた引用が混ざり合い縺れ合い、切実な金欠。特に詩人が現れ、混ざり出すと、詩人の心理に訴える何かがあると思いました。
0ありがとうございます!人にどんな形でもいいから刺激を与えられたなら書いた甲斐があります
0もともとあるイメージを使うと話が広げやすくて結構引用や名前の使用はしますね。絢爛、嬉しいです。
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