森 - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

ことば

ことばという幻想

純粋な疑問が織りなす美しさ。答えを探す途中に見た景色。

花骸

大人用おむつの中で

すごい

これ好きです 世界はどう終わっていくのだろうという現代の不安感を感じます。



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 私にはなにもないようだった。祖母の運転する車でそう、ぼんやりと思う。朝、祖母の家に母と行き、(とんでもなく田舎にある)それから、なぜか祖母の白い軽自動車に乗って、今、知らない町にいる。ぜんぜん知らない、うらぶれた町だ。道沿いにあるほとんどが瓦屋根の家で、私がぼんやりと眺めていて、見つけた店は三軒だけだった。(そのどれにも人は見受けられなかった)ひとつはケーキ屋だったらしい白いこぢんまりした建物。大きさといい、雰囲気といい、建物、というよりお洒落なプレハブ小屋と言ったほうがしっくりくる。ただ、中はがらんどうで、店の名前も読み取れなくなっていた。もうひとつがヤマザキパンの支店で、これも今は営業していなさそうだったが、ヤマザキのロゴの看板は、このくすんだ町で唯一赤い。あとはガソリンスタンド。ガソリンスタンドも、今はやっていなさそうだった。しかし、普通のガソリンスタンドが順当に年を重ね、誰も使わなくなっただけのことだった。この三軒とも、特に荒れた雰囲気はなかったが、店の中には何もなかった。ケーキ屋の壁はやはり白で、ヤマザキパンは、車庫のように中全体がコンクリートでできていた。この町に人はいるのかと思うほど誰もいなかったし、この町に住んでいる誰もが息を潜めているようだった。あれだけ住宅があるので、人が住んでいるのには違いないのだけれど、それを全く悟らせない、ある意味なにか特別な感じのする町だった。  そうして、何分かたった頃、道沿いに住宅を六軒ほどまたいで、森が見えた。綺麗な森だった。きちんと手が行き届いている。そして二本の大木がその森の入り口のように、立っていた。 「少しでいいから、あの森に行きたい。止めて」 私はこれまでに感じたことのない好奇心を持った。私はあそこに行くためにここまで連れてこられ、この町に来たのだ、と思った。祖母は小さく頷いた。いつもより、祖母は無口だった。  森に近づくほど私は現実から離れていくようだった。浮遊しているみたいだ。しかし、コンクリートの地面を私はしっかりと踏み締めて、森へと近づいている。近くに行き、見上げると、入り口の二本は七メートルほどで、車の中で見ていたよりずっと大きく思えた。私は森にすっと足を踏み入れた。  森の地面は黄緑色のうつくしい苔で覆われていた。すこし水気をふくんだ苔は照らされて、てらてらと光っていた。足を一歩出すたびに、苔の柔らかさですこし沈む。森にある木は入り口の二本までではないにしろ、五、六メートルある。この森は、思いのほか広いようだった。晴れていないのに、木の隙間から、白い光の筋が差し込んでいた。ここはどこだろう、と思った。ほんとうだとは思えない…。こんな美しい景色を私は見たことがなかった。ここで目を閉じれば、世界が次の瞬間には変わっていそうな美しさだった。そう感じたのは、私が不足していて、欠けているからかもしれなかったけど。  私は仰向けに寝転がった。何もかもが変わることを思って、あるいは望んで。そうして、私はしずかに、瞳を閉じた。



森 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 5
P V 数 : 696.8
お気に入り数: 0
投票数   : 1
ポイント数 : 0

作成日時 2023-01-02
コメント日時 2023-01-11
#縦書き
項目全期間(2025/04/12現在)投稿後10日間
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閲覧指数:696.8
2025/04/12 10時20分43秒現在
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    作品に書かれた推薦文

森 コメントセクション

コメント数(5)
いすき
作品へ
(2023-01-02)

コミティアからプロデビューした藤想という漫画家がいて、「物語の基本原則」みたいなものについて語ってたことがあるんですよ。いわく、物語は、「始まりと終わりで何かが変わっていなければならない」とのことらしいです。当たり前っちゃ当たり前ですが、意外と人生って何かが変わることってないから感動を物語にするためには大衆向けの嘘が必要だと思うんですよね。よく言う思い出作りというやつも、ある種の変化を意味するんじゃないかと思うんですよ。それはもちろん極論だけど、結局、関係値とか、いろいろなものが変化する、そこにときめきはあると思うんですよね。 最初にこの文章を読むと、そういう意味ではけっこう薄味だと思ったんですよね。もっと「ザ・夢の世界」みたいなやつとか、ナンセンスなやつもあるから、別に詩って物語がある必要はないと思うんですけど、文量と語り口でざっくりこれはこういうものだなという、スタイルは分かると思うんです。で、個人的にはここには大切な変化が書かれてなければならないんじゃないかと思うわけです。そう考えてみたら、それって祖母の沈黙だと思うんですよね。実は風景の美しさって私みたいなうそポエマーにはかなり活字上の情報でしかないんですが、ああ、おばあちゃんってこの瞬間は静かなんだっていうとこにはぐっとくると思うんですよね。

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真島
真島
いすきさんへ
(2023-01-03)

僕個人は、森で主人公がすこし変わったように書いたつもりだったのですが、たしかに薄いですね。でも、今回はこのテーマで書きたいっていうのがこれだったので…力量ですかね。ところで、祖母は変化しているのでしょうか?僕にはいつもより無口なだけで、祖母の気持ちが変わったとかそういう物語的な変化をしているとは思えませんでした。

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いすき
真島さんへ
(2023-01-03)

すみません、主人公の人が、森に行きたいと思ったことが心境としての変化であり、また、それを受けて、祖母との関係が変化したと考えたんです。森を訪れることは、美しい経験ですが、それは変化ではなく、むしろ事実の確認だと思います。祖母について、たとえば子供が生まれる方法を親に聞くと黙りますよね。無口である、多くを語らないというのは、その人が、その時点で持っていた関係性への認識を更新して、ただちに回答をする猶予がないからそうする場合がありますよね。なんとなく、そんな風に読みました。 この作品、面白いですね。この作品が読めてよかったです。ありがとうございます。

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真島
真島
いすきさんへ
(2023-01-03)

何度も何度もすみませんが、いすきさんの再投稿の文面を見ても僕にはなぜそのように判断されたのか分かりかねます。すみませんが。もちろん僕はどれだけ文章が下手でもプロットが分かるわけなので、僕の書き方がわかりにくかったのでしょう。しかし、なんかすみません。そんなにかしこまれるとは思いもしませんでした。別にいすきさんを責めているわけではないんです、ぜんぜん。ただ僕の意図とは違った読み方をされたので聞いてみただけです。

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鷹枕可
作品へ
(2023-01-11)

10年後、或は100年後の光景かも知れないな、等と。愉しませて頂きました。 黒土、枯葉が苔生す為には人足はおろか、獣でさえもその往来を已める必要があるでしょうから。

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