十七歳の夏、竹見一毅は唯いちど甲子園のマウンドに立った。三回三分の二を七奪三振の好投、然し竹見がボールを任されたとき既に勝負ほぼは決していた。
此浜朔太のバットは竹見一毅の六球に六度まで空を切った。ベンチに退き際マウンドを一瞥する此浜に竹見は軽く御辞儀をした。僅かに引き下げられた庇から竹見一毅の白い歯が見えた。怪童と謳われた大会屈指の強打者を襲った甲子園の魔物は、弱小校の敗戦処理投手だった。深紅の大優勝旗を手にしても此浜朔太に笑顔はなかった。
その秋、五球団から重複一位指名を受けた此浜朔太は日本球界入りを辞退、屏東に渡った。テスト入団を果たすとたちまちレギュラーに定着、その年の新人王に獲得した。三年後、此浜はジャクソンビルへ移籍。それからまたハールハレムへ。そしてパースへ。気儘にも見える遍路の中で、じっさい此浜朔太には一途に思い詰める処があった。
竹見一毅の七球目を捉えたい。
とうとうシエンフエーゴスの乾いたグラウンドに足を掬われた。アキレス腱断裂。ユニフォームを脱いだ時、此浜朔太は二十五歳になっていた。
帰国後、此浜朔太は無為なる日々をネットサーフィンに明け暮れた。そして或る日、オークションサイトで甲子園の砂を見付けた。真贋など知れたものではなかったが即決価格で落とした。
タッパウェアの中の黒い砂を眺めて此浜朔太は考えた。
これこそ俺に相応しいものだ。
此浜朔太の夏は終わった。
夕暮れとは言えまだ暑かった。トンボを引いてグラウンドを丸く均すうち、汗が額を滴った。子供らに片付けもさせないなんて、と訝る声があるのも承知していた。だが、もう俺たちの様に野球ばかりしていて良い御時世ではなかった。夜にもなれば塾がある。歓声が已んだ後にも人生は続く。郷里の少年野球チームを率いて十余年、既に幾人かの甲子園球児を育てていた。プロに進んだ子こそまだいなかったが、それはあの子たち自身の問題だ。あの子たち自身の努力と、才能と、巡り合わせの。
用具を纏めて物置小屋に終い、南京錠を掛けようとしたその時―
おっちゃん、これあんたのだろ?
振り向くと、汚れたボールがぽおんと抛られた。
そして俺は見た。
しなやかに伸びた背中。
日に焼けた膚。
白い歯。
竹見一毅はがあの夏の只中に立っていた。
そして俺はまた、竹見一毅の七球目を捉え損ねていた。
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作成日時 2022-10-14
コメント日時 2022-10-14
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2024/11/21 20時39分45秒現在
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