子供にこんなこと言いたくないってか、言っていいのかどうか分からんが、
これから大変だぞ。だから頑張れな。
少年は何を言われているのか具体的には分からなかったが、この先に続く自分の人生において、大人が抱える形容しがたいもののことを言われているような気がした。
たとえば父が風呂場で独り、
「ちくしょうー」と叫ぶあの感じとか、
小学校で教わる勉強が、ただの我慢比べみたいなものではなく、これからの未来へ向けて大きく拡がろうとする予感を孕んでいる、というようなことだ。
しかし少年から見たらこの知らないオジさんが、苦労しているようには見えなかったし、つまり苦労の程度が分からなかった。
「それってお腹が空いて仕方がないことよりもツラいことなの?」
オジさんは考えてから、
「お腹が空いて仕方ないっていうのもツラいな、うん、そんな感じだ。でももっとな、なんていうか、深いんだ。闇が」
「闇?」
闇なんて大雑把なことを言うもんじゃない、自分で言っておいてもう後戻りができないことを悟った。
「まあ、忘れてくれ」
こんな少年に何を言っても決して何かを伝えられるわけではないんだ、言葉は無力か、へっ、まったく俺は何をしているんだ。
少年は呆然とし、立ち去っていくオジさんを見つめていた。その胸には瞬間、暗いものが立ち込めたが、あっという間に消え去った。
お母さんが彼を呼びに来た。早足で少年の隣に座り、どこか落ち着かず、いつもの感じではなく、
「あのね、大事な話があるのよ」と言った。
少年はさっきのオジさんを思い出した。大人には大人にしか分からない世界がある。
「とにかく家に帰りましょう、そこで詳しく話すわ」
少年は家に帰りたくなかった。まだ公民館の一階の図書館に読みかけの本もあるし、"大事な話"どころではないのだ。
「ちょっと、どこ行くの⁈」
少年は立ち上がってすぐさま走り出した。
読みかけではなく、一度だけ読んだことのある、主人公が最後にピストルで自殺してしまう物語を何故だか無性に読みたかった
おもしろいと思いました。こういう複雑で機微のあることに着眼し、自然な文に表現したことに、感じ入りました。いいところを突いてくるなぁと思いました。
0ありがとうございます。素直に嬉しいです。 論理通勤過程論考1のほうもよろしくお願いします。
0大人が抱える形容し難い問題が、最も肉体という形が鮮明になる風呂場で明らかになるという、そのパラドキシカルというかシニカルな線を書いてらっしゃる。 後味も決めつけるようなものではなく好感はもてた。
0ありがとうございます。 大人の問題が、風呂場で明らかになるところに気がついて頂いて嬉しいです。
0詩というより、小説だ。 ベクトルは悪くないが文章が荒すぎる。
0ありがとうございます。 そうですね、これは詩ではなく、小説なのかもしれません。
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