作品投稿掲示板 - B-REVIEW

万太郎


投稿作品数: 33
総コメント数: 108
今月は5作品にコメントを付与しました。
プロフィール
記録
プロフィール:
誤認逮捕から、違憲の医療保護入院と言う名目の、強制入院。そのまま精神障害者の道へ。 自らの人生の特異性に気づかなくなってしまっていた時期が長く、詩内容も泥臭い生活臭がありながらも、現代における富や名声社会的成功に対し、引いた目線で綴ったものが主になっております。

万太郎の記録 ON_B-REVIEW・・・・

活動的初コメント送信者

作品への初コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

優良レッサー(月毎)

月毎コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数
✖0 ✖3 ✖3

優良B-Reviewer

総合コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

屈指の投稿者

投稿作品数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

「SNS卒業」 文句を言うにも資格がある このバカの年金親父 息子の障害者年金搾り取って 毎日酒飲んで、良い暮らししてるお前が いつまでも家に閉じこもって 屁みたいな言葉吐き散らしてる家に 誰がいつまでも大人しく同居したいと思ってるんだ このバカたれ インターネット卒業したくても出来ないよ 隣のあの子も、後ろのあの子も どの子もその子も インターネットと誰かと誰か カウンセラー メル友に 毎日毎日連絡し、浸かり まともな仲間なんてコミュニケーションなんて ひとつもとれやしない だからこの広いインターネットの海いっぱいに アオミドロいっぱいの 汚染水を垂れ流してやるんだ 二度と人間が住めないようにな! (B-REVIEW 7月のお題詩「さよなら、インターネット」「打ち上げ花火」 )

1 時間前

僕が詩をSNS上で書いたり、雑誌に投稿してるのってやっぱり貧乏が一番大きい。 だってお金あれば、周りからもっと可愛がられたと思うし、漫画家でも、歌手にだって才能があるから、なれたと思ってる。 詩人て紙とペンだけ。SNSならPCがあれば無料。その低コストが魅力だもの。 だからコーヒーをおともにすらしない。僕が詩を書くときのお供は持ち前のパンクなハングリー精神だな。頭の中にある日頃の鬱憤や日々感じる疑問を短文にまとめて爆発させるのさ。ウォーって。空に向かってアスファルト蹴り上げ、噴き上げる思いをホースいっぱいに放出するのです。 (ユーザー交流スペース2024/7月度 )

2024-07-03

秋乃 夕陽様 そうなんですよ。それをちゃっかり僕がやっていると言うわけです。 夜の街で、投稿誌で、時に過激な色ネタを話したり投稿し、この世界が色や輝きを失わないように鞭を打っているんです。それがないと少し寂しいって言うのが、まだ世の中にありますよね。今後どうなるかは、正直分からないな。不謹慎だらけのテレビ局に洗脳されている人には、クリーン化が進んだ社会に僕みたいのがいると驚くかも知れません。 (漫才:漫画みたいな話)

2024-07-02

田中宏輔様 自分は、主体性を発揮できる場では、なにが面白いか? 色気を感じるかと言う色の部分に着眼点を添えています。ビーレビは、2万字と言う魅力的な規定があるために、先月は詩を載せず、今月もコミック作品を投稿しました。 素人が自分の言葉と文章のみで表現作品の質を競う当サイトにおいて、今回投稿したような、漫才の台本も一つの彩りになれば嬉しいです。 (漫才:漫画みたいな話)

2024-07-02

構成がよく出来てると思います。 詩と歌とは厳密に違うので、これは歌詞ということだと思いますが、新時代の唱歌みたいな感じでよかったなぁ。ネットで話題になってCDデビュー、バズると良いですね。 (僕らの行進曲)

2024-07-02

面白い面白くないは本当難しいよ。昔は、なにが良くてなにが悪いか、という尺度で文化に携わる人は議論したと思う。 文化に携わる人間として品質の問題を考えたら、良質か悪質かを考える必要が本当はある。 メルモさんに、低評価を受けた作品、自分でもそこまで面白いかは疑問だけど、他の人から面白かったと評価頂いてる。僕はその人の作品、正直いうと、メルモさんの作品より好きなので、その人の評価を優先して考えます。 だけどこのサイトで、入選するような作品は、全然書けないね。一度ブンガチャカ交響曲で載ったのは嬉しかった。色んなところに投稿してるから、どれが入選するかなんて分からないし、正直そこまで他人に責任を負ってない身だから、これで賞取ろうみたいな狙いがなく、マイペースにやってます。 あさひてらすの方では、時々載ってます。今月は鏡文志のネームで、2作。 ずっと載ってたり、少し受けてたりするのが急に載らなかったり受けなくなったりすると、グレるとか不貞腐れるということはないよ。ただ、焦るというか、後ろめたくなるというか、少し恥ずかしくなるんだよね。だって、ほんの少しモテてたことが自己肯定感に繋がってたわけだから、そのことに気づかされるな。 ココア共和国が、3回ぐらい連続で投稿で落選してる。POETに投稿した違う詩を投稿すればよかったと思う時もある。POETは、同じアマチュアからコメントがくるぐらいで、審査員の人が賞くれるわけでもないから、あまりこれはウケると思う詩は投稿しないようにしようかな。どれがウケるどれがいい詩かなんて確信がある時は、ほんの少ししかないけれど。基本詩は嘔吐だから。吐き出すことが大事なんだよな。 あさひてらす 6月掲載詩  記事URL https://webzine.asahipress.com/posts/8123 (ユーザー交流スペース2024/7月度 )

2024-07-02

秋乃 夕陽様 僕の持ってる古さ懐かしさを堪能して頂けたようでなによりです。 若い子同時代者にウケるのはもっと直接的なものかも知れません。 今表で表現作品としてヤバさは封じられているけど、実際の性風俗事情はもっと過激になってたりするわけで、そうするとちょっとそういう時代にどういう表現をやっていけば良いかを探るのは少し困難な課題だし、それをやってみようっていうのはあります。全体に僕ぐらいの年代から表現や表で過激なことをやることに夢がなくなってるのかなぁ。 (漫才:漫画みたいな話)

2024-07-02

メルモsアラガイs様 うーん、そうっすか? 構成は結構よく出来てると思ったんですけどね。 なにが面白いかと思うかは、人それぞれで、自分は吉本新喜劇や、こち亀、ドリフターズのような泥臭いドタバタを親しんできました。なので、今風のシュールなノリは、少し苦手なんです。 ただ、人が面白いと思ってることを貶したくないな。本来なら、自分のネタを低評価されてるので、喧嘩売ってんのかこらあ、と唸っても良いんだけど、なにせ立川談志ならぬ、立川腐男子なんで。 腐男子キャラだと、対応が曖昧になる。そういうところも含めて僕はダメ男お笑いです。 ジョーカーですから。パブ、スナック、バー結構行ってました。 (漫才:漫画みたいな話)

2024-07-01

精神障害者の人とよく会う日々を送っています。 知的障害とも少し違う、文化的教養欠乏症というのが精神障害者の主な症状だと思う。 知的活動は問題ないのに、なにかが足りない。世の中ものを知ると怖いことが多いけど、逃げてはいけない。騙されてるのが、精神障害者の特徴ではないかと感じます。ものを知ると、良いと思いますよ。 悪口が聞こえてくる。それを無視する。それが文学かというと、日記みたいなものかな。文学は根本問題に触れる。考えが足りないと、対処療法に終始する。そんな印象を持ちました。 (無言)

2024-07-01

訂正:筒美京平は、作詞家の松本隆先生と、コンビを組み様々な楽曲を生み出した作曲家です。 正しくは、松本隆タッチとでも書くべきでした。失礼しました。 (非行)

2024-06-30

おまるたろう様 わかりました。その意見は尊重します。 なにに人々の意識が集中して、鑑賞者が集まるかは、本来発進する人間が選ぶことではありません。 ジョンレノンがポールマッカートニーを批判する歌を書いた時、それが詩のテーマとして面白いと思ったから書いたと思う。 私小説を、作品に反映させるのは、古典的な表現手段です。 松尾芭蕉がもし、内縁の不和をテーマにした句を思いつき、それを面白いと思ったら私は芭蕉は、内縁における不和をテーマに書いたと思う。中原中也も、恋人への想いを綴っております。 実人生における内縁をテーマにした詩は、身近なテーマだし触れやすいものです。 日本の詩は、筒美京平スタイルのフィクションタッチから抜け出ていない。私はその面でも遅れてると思う。 勿論気に入らないならいいですけどね。 話題集めのために書いてるとか、それを想定してるとか、もしそうだとしてそれの一体なにが問題があるのでしょうか? ラップにしろdisり合いで、集客を上げてますし、それが面白いと思うからやるわけで、色気も感じずに、テーマに選んでいるわけではないのです。 愛はヒートアップ、摩擦から来る熱が呼び起こすものであり、そこに女子や大衆が群がるのは仕方ないでしょう。 私は、ボビーダーリンやブライアンウイルソンのような純粋に良い作品を作って、売れたいと思っていますし、その素質もあると思っています。 ジョンがポールを貶した歌を、そこまでは気に入っていないように、別に私もこれで売れたいとか、この内容とスタイルに強い自負があるというわけではないです。 ただ、面白いと思って私は書いた。そこに強い反発精神が働いたということは、それだけやはり面白かったんですよ。だって、批判もない作品に興味深いトピックはないですもの。 (非行)

2024-06-30

おまるたろう様 私が読み手が自分の作品に関する印象を制限しようとか、印象操作しようとしているように見えるということですか? 被害者意識を感じるのは自由ですが、実際に被害を受けているわけだから、それを『被害感情』であり『被害者意識』であると語ることに無理があると思います。 ネット上の被害者Aというのは、申し訳ないけれど「文春砲」のことでしょうか? 本来SNSなどに私が書き込むこと自体がおかしい。国が正当な裁判の席で、過ちを認め謝罪するべきことですよ? それを私がネット上に書くことに、どれだけ倫理的問題があるというのですか?  文学で扱う問題に、制限はありません。古く言えば、ジョンレノン、少し前ではエミネムやマリリンマンソンなど、自分の身に起きたことを私小説的に扱ってきました。 ラップにおけるライヴァルとのdisり合戦や、パンクロックにおける政権批判など、不当な圧政に対し、反旗を翻す表現は、昔からヨーロッパでは自然なものとしてありました。 日本に関しては、怒りをぶつけた表現作品は、ヨーロッパに比べ異様に、少ない。遅れていると私は思いますよ。これから益々日本文化は西洋化を深め、私のように反骨的な佇まいを持って圧政に挑む表現者増えていくと私は考えています。 私はこの文章を綴る際、タイトルに『非行』とつけ、本当の非行とはなにか? と言う問題提起をしています。それはただの暴露であり、暴露文章であると考えるのは自由ですが、私は文章の細部に、音楽的な節をきちんとつけ、話を上手に持っていってオチまで繋げていると思っています。 世界観もきちんと演出している。それでも、それをただの汚い内部告発だとお思いならそれは自由です。私はそう思わない。それだけです。 (非行)

2024-06-30

おまるたろう様 私が自分語りをした結果、実人生における暴力被害が話題の中に出てきた。 それを晒すのは、表現者として格好悪い、美しくないという指摘と受け止められます。 私が10年近く前にブログ記述を始めた時、私は好きな音楽について語り、自分のことをあまり書くことを控えておりました。すると、SNS内で私のブログについて 「彼のブログから実人生が見えない。それがものを表現している人間として、イタイ」 との書き込みが見つかりました。 私はものを表現する人間としての見栄と建前として、成る可く批判意見に真剣に耳を傾け、内容を吟味し、実人生に活かすことにしています。 確かにそういう面もあるのかもしれないと感じ、少しずつ自分を語る努力を積み重ねてきました。 私に美学がもしあるとしたら、成る可く正直を通そうとすることです。 その結果として、過去の暴力による被害も、私の実人生に起きた物語の一つとして正直に書きました。 自分の物語性に忠実であろうとすることに関しては真剣です。 美学も色々ありますが、喜劇役者における美学とは少し違うかもしれない。 泥臭さや格好悪さも含め、自分自身をありのまま正直に綴り、語ろうとしているつもりです。 自分なりの美しさを表現しようとしていることが不恰好に見えたとしても、それは仕方ないと受け入れるつもりです。 被害的に綴っていると思われるかもしれませんが、フェアな視点で、自分が受けた暴力に対し、不当だったと思っています。文化に携わる志を持っている人間として、文明的でない野蛮な行いに対し、当事者として反旗を翻す思いで綴ったつもりです。 (非行)

2024-06-30

おまるたろう様 ドメスティック内で起きた暴力行為に関し、公の場に晒せば、どちらが法の論理に反しているかがハッキリすると思うのです。それに対し、正当な訴えを公の場であるSNS内で文章として公開する時、それを、私の「被害者意識」であるという論理に対し、公正な意見でないと感じます。 ヒトラーやそれを支持した当時の体制は、ユダヤ人に対し、被害者意識を抱いておりました。同じように私をいたぶる人々も私に対し、被害者意識を抱いたかもしれない。しかしそこに私がいなければ多くの人々は次の標的を探すのではないでしょうか? 群れの存続のために、加害者の存在は常に必要かもしれませんね。 私は被害者意識から訴えを起こしているのではなく、フェアな視点から物事の道理を解いていると思っています。それに関し、立派なことを言っているが、大きなものを感じないというのなら、私は物事の細部を無視して大きな物語を語るつもりはないと反論したいです。 (非行)

2024-06-30

私の内容の中に愉快犯的な加虐精神が、見えづらい。もしそういう視点がありましたら、それは私自身の何某かの病の問題だと思っています。 そういうものがあった時代があったことを思うと、良心的な誤解が、表面的に私からその毒を奪っていると思うのです。 (非行)

2024-06-30

おまるたろう様 道徳や正義が一枚岩でないように、加害被害も身分立場価値観によって一枚岩ではないのかも知れないと思うのです。物語を通して、現実的に敗北の体をなしていたとしても、最後には被害者としての訴えを通して、加害者の正義を潰して殺した。現実的に、力の論理で初めから相手の正義を潰し圧倒して殺した。どちらの立場を選ぶかは当人でさえ、選ぶことは難しいと思う。 なにが被害で、なにが加害かということも、一枚岩でないかも知れない。 被害者の立場に甘んじてしまったことで、加害を働いたかも知れないと思うことはあります。 影響力を誇示すれば、加害的な面も引き受けるものかも知れない。 加害被害に関しては、そう簡単に答えが出る問題ではないように思いませんか? (非行)

2024-06-30

古代における、現代の人工的生活よりもっと、人間が人間らしく生きていた時代への憧れ。 そこに緩い世界で幸せを味わっていた自分が、抜け出したい。そこで、現代での幸福を共有していた同時代者に裏切りさえ犯してしまった。という反省の趣でしょうか。後悔してしまったことを思わせる後半の内容に、示唆的なものを感じました。 (幸せな魚)

2024-06-29

障害者事業所はどんどん増えています。中で働く人が増えている以上、事業所での作業を世間は一般企業と同じ認識で評価するべきでしょうね。私などスーパーで働きましたが、どちらが楽しくなく圧倒的に嫌かと言われたら、事業所労働でした。 文章の止めハネが上手くできていないところは気になりますが、言いたいことはよく伝わりました。 (勝負)

2024-06-29

散歩すりゃ天気もええぜ。散歩はいいですよね。有酸素運動だから筋肉はあまりつかないようですが。 ちらちらよそ見しながら歩くと、怪しまれそうです。 (散歩のエロス)

2024-06-29

現役で現場を持っている方の文章だと説得力があります。 私も以前住んでいた地域に役者の方との交流がありましたが、演劇論など熱かったです。 (演劇論)

2024-06-29

ぼんやりしている感じがいいですね。 それが詩だよな。PCで書くと、はっきりし過ぎちゃう。だけど、ここには、毛筆で書くと浮き現れる歌の精神がある。 五 >空を見上げる その事に意味はない 朝餉の匂い 思い出してみる 誰の隣で寝ていたかを その事に意味はない じんとくる。五感で感じ、沁みてくるものがあります。 強い個性を持った詩で、惹かれます。 (考える)

2024-06-28

マシュマロくんと、シュークリームちゃん、そしてアンパン女子のファンタジー。 奇想を楽しむといった趣でしょうか。 優しく楽しい世界が楽しく読めました。発想がどんどん飛躍していくと更にいいですが、そこに行かないぐらいの手前の温度が心地いいという感じだと思います。 アンパンにある中身を通して、哲学を語りつつ、それを聞いたシュークリームとマシュマロが見栄を張る。現実世界における対人間の心の動きが上手く擬人化されています。 (君って)

2024-06-28

熊倉ミハイ様 西部邁という人は、大衆批判を徹底した人でした。 「大衆の愚かをどれだけ過大評価しても、過大評価しすぎることはない」 「世論の逆が概ね正しい」 と言った名言を残しました。 僕が群れに流されやすい人たちの自分のなさを見たことは、一度や二度ではありません。 歴史を見れば、大衆化された人々が愚かさをむき出しにするのは、熱狂を見れば分かります。 歴史上、熱狂を浴びた政治家ほど、愚かさは群を抜いています。 アドルフヒトラーとケネディ、リンカーンの中で誰が一番大衆に熱狂されたか? 私はヒトラーだと思う。 安倍首相に関していい政治家だと思う人もいるでしょう。しかし、最近ようやく、表のメディアでも彼が大規模な金をマスコミにばら撒き、言論統制をやっていたことが明るみになりました。 歴史上で言えば、ヒトラーのような独裁者的人物を、我々は支持していたことになる。 また私はスーパーで働いていた経験がありますが、あの時のマスク騒動も間近で見て酷かった。 マスクを売らないなら帰らないと怒る客がいました。どういう人だったか? 変わった人だと思うかもしれない。極々普通の一般人です。大衆化された人間の本性がむき出しになるのが緊急時です。 昔は、たけしにしてもタモリにしても、プロが最初に評価して業界入りするのは、割と普通だったと思うのです。 私が傑作を受賞した作品を、身近な人に見せたら、鼻で笑われました。その人は、他の私の作品についても、同人誌レベルだと言います。屈辱を感じましたね。その人もクリエイター志望で本まで出版しましたが、率直に自分のことを幼稚で軽薄だと語るような人です。 Youtubeにも幾らか作品を挙げましたが、プロで活躍しているような人が、上手いよく出来ていると率直に褒めるんです。それが大衆にどれだけ支持されたかというと、良くてイイねが二つ三つついたくらいです。 >万太郎さんはテストで100点を取ってクラスの人気者という路線なのかなと。その先の深み、理解されない研究だったり、ノーベル賞を!とまではいかないということなのですかね。 そこはそうでもないですよ。私はどちらかと言えば赤塚不二夫先生のようなギャグ路線の軽薄人間です。疑り深い、過度な実験精神、エログロへの執着心など、共感するところ多しです。ただ、ノーベル賞は無理で、良くてイグノーベルでしょうね。 (ユーザー交流スペース2024/6月度)

2024-06-21

西部がいう現代が堕落の時代、という言葉に私は心底共感します。 そういう意味では、私は古い男です。 大衆と庶民の違いを一言で言えば、気高さ、この一言に尽きますね。 道端でうんこしてもいいよという決まりができた時に、自分を律してしない。それが出来るのは高貴な人間です。 その気高さは疎まれるものでもあるし、同時に尊敬を受けるものでもある。 私は、大衆より偉いとか賢いとか、あまり思わないし、言いたくもないですね。 大衆と同じようにバカですと堕落を楽しんでいる。 チャールズブコウスキーは 「便所は臭くて愉快なところだ」 と名文を残しました。 私も現代という堕落の時代に身を呈しながら、それを楽しんでいる一人間の一人です。 (ユーザー交流スペース2024/6月度)

2024-06-21

>takoyo2様 大衆の定義というのを私は、己が胸に問うことをやめ、答えを他人に預けた人間と定義づけます。 何故答えを他人に預けるかと言えば、その理由に『楽』が、ある。 私は10数年前に世を去った西部邁という人の含蓄を結構信頼していますが、彼が言った話に「庶民」と「大衆」の違いがあります。 庶民とは一般市民として、地に足のついた考え方をし、生活を守る生活者としてのプライドを持った人のこと。 それに対し、大衆というのはスーパーマーケットで安売りされる、市場原理に身ごと丸ごと放り投げ価値観ごと預けてしまう大多数論理の中での勝ち組のことです。 何故大衆と言われる人々が自らを放り投げ、身ごと丸ごと、国や権力、マスコミが推進するマーケット市場に身を預けてしまうのか? その原因が、己が胸に問う煩わしさや、面倒臭さを放り投げる楽にあると私は考えます。 鼻くそを目の前でほじくる女性に対し、思うのは、それはトイレで出来ませんでしたか? と言うことであり、古典的な考え方で、こういうのを粗野で野暮と言うのではないか? それをやる前に、己が胸に問わなかったか? と言うことなのです。 体育館は唾を吐くところではございません。 それを己が胸に問う力が何故ないのか? と言うこと。 大衆が架空の概念だと言うのは、西部氏も言っていることで、その架空設定の中に当てはまるから私も、そう分類して考えているのですが。 >あなたにとって辛気臭いものが 田舎者やお年寄りや精神障がい者なのでしょう。 田舎は都会より陽の当たらない世界で、ドメスティック空間であるからこそ、日の目の当たる場所では出来ないことを、やる人たちが沢山います。 田舎という架空設定の中の野暮、お年寄りという架空設定の中の辛気、精神障害者と言われている人たちの、福祉界で生きてきたからこそ実感している「辛気」 どれもイメージの中で物申す差別心でなく、その中で揉まれてきた人間の実感としての『苦』が下地にある。 大衆の定義が、最初から愚かであることを前提に、出来ている。それは、確かでしょうね。 「大衆/庶民」の分類なら反発心も湧かなかったでしょうが、大衆とプロと分けたのが、反発を受けたということならば、プロとはその見分け見識がきちんと出来ている人のことかもしれません。 (ユーザー交流スペース2024/6月度)

2024-06-20

例えば、目の前でいきなり鼻くそをほじくり出す女性であるとか、体育館の中で、唾を吐く男性、それに注意出来ない管理者。こういったものを間近でうんざりするほど見てきた人間として 「大衆は愚かである」 この一言を受けいれられないのは、自分と住んできた環境が違うのだろうと言わざるを得ない。 お年寄りと精神障害者と、田舎者。 どれが身近にいて、不快かと言われたら、選べないくらい辛気臭く辛いものがあります。 私は、最初田舎暮らしから始まって、福祉の檻に不当にも入れられ、障害者の方との交流が始まりました。 中国で愚民化政策と言うものがありますが、日本全体が、戦後その傾向を増していると私は感じます。 大衆を愚かにするものに、大衆自身が乗っている。 それを見て裸の王様を、裸だと言うのは正直な表現者としての誠実だと思う。 良心の呵責があるのは分かりますが、東京行って芸能界入ればモテモテだろうなぁなんて言う夢がある人間としては、そこに囚われることに正義を見ないです。 (ユーザー交流スペース2024/6月度)

2024-06-20

>熊倉ミハイさんへ ありがとうございます。 自分も熊倉ミハイさんとは、近いものを感じ読んでおりました。 今現在問題に感じていることや、世の中に対し感じている違和感、言葉遊びへのこだわりであるとか。 同時にこのまま溺れてもいいかと考えているとのことで、そこも近からず遠からずです。 ポップの一つの定義が、わかりやすさだと思うんです。 わかりやすい表現をやることは、逃げの効かないところへ自分を追い込むわけだから、バカにしたものじゃないですよね? だけど、日本の未来がWOW WOW WOW WOWとモーニング娘。が歌う時、この分かりやすさとは、言葉を美しく整え、ロジックを明確にして表現するというタイプの分かりやすさとは、また違う分かりやすさだと思うのです。 私はその分かりやすさがどうしてもわからなかった。 ポップのもう一つの定義は、ミーハー、つまり女の子を味方につけ受けることだと思います。 私ごとですが、もう小学3年生の時に、親の教育方針で、ポケモンを買って貰えず、流行に乗れなくなっていました。流行り物に乗ることや、ミーハーであることが、大衆性を持ち、大衆に認められるために、とても大事なことだと感じます。 実はネット仲間と、音楽のコラボをやったことがあります。同じ作家志望の方でしたが、その時は伴奏をお願いして、僕が作詞をやり、歌いました。 作家が交流するということは、漫談師が二人組むようなもので、お互い語りたいことがある同士が一緒になる場合、語りたいことに類似性がある必要がある。熊倉さんは面白いと思いますよ。 私には現代的な大衆性とは少し違う、桑田佳祐さんがデビューした頃の日本にあった、古い世代には少し懐かしいタイプの大衆性がある。その懐かしさを共有出来る集団の中では僕は結構モテるし、いけるタイプです。現代では正直どこまでいけるか未知数ですね。 (ユーザー交流スペース2024/6月度)

2024-06-20

初めまして。 当サイトでは、万太郎を名乗ってます。 詩歴は3年ほどです。その前に、所属している福祉施設で、施設長と利用者の協力を得て、スネークマンショーのようなコントCDを制作していて、その中で、作詞をやっていた流れから、詩も書くようになりました。 ここに書かれている方の多くは、非常に難解なインテリジェンス漂う内容の書き込みをされていて、恐縮で、あまり中に割り込む気が引けていました。 自分は、相田みつを氏のようなポップ詩人になりたいと思っています。本当は歌手を志していまして、ポップ路線なのです。 なにが足りないか? 色々試行錯誤していて、今所属している施設内で、ナンパクラブを立ち上げリーダーを務めたいと思っています。仲間意識であるとか、民主主義社会の中でポピュリズムの中で勝ち残る力が自分にはまだありません。プロに認められればいいんだと思っていました。大衆はその後だと。プロにお墨付きを得られれば、大衆がその履歴に惹かれて興味を持ち、認めてくれる。そう思っていた時期が長くありました。 ココア共和国という雑誌で、おののもとという名前で、傑作を二作、佳作を10作程度、取りました。 有名な女優の秋吉久美子さんが、イイネをしてくれました。 (この雑誌では、審査員のイイネが、採用された詩のタイトル右上に、時々着くのです) また、審査員の一人、佐々木貴子様からは、芯の強い作家性を持っているとお褒めの言葉をメールにて頂きました。 芸能界に入りたい意志が強く、詩は自分が有名になるためのステップみたいに考えていて、哲学的な詩とはなにか? のような突き詰めにはあまり至っておりません。 いい面では、自由だということです。 適当にやっていきたい、あやふや半端者でのらりくらり暮らしていたいというその願望が、突き詰めを避けさせていると思います。 ビーレビは物書きを志している人たちが互いに、投票しているシステムで、他の詩サイトより、言葉への責任をすすんで買って出る、喧嘩腰の熱い積極性に富む人たちが多いという印象です。 表現の自由というのはそれぐらいの気骨がなければ本来守れないものだと教えられている気がします。 年配層が多いですが、私は、政治に全く無関心ではないけれど、年配層とは違うスタンスで政治を眺めているような感じです。若い人の中ではどうしても孤独ですね。ビートルズ、井上陽水、中原中也、同年代には理解されず、古いの一言。映画は、チャップリンから始まって、色々見ました。 ロジャーコーマンが割と好きです。自分も映画監督になったら、低予算で、発想ありきの風変わりな映画を撮ると思います。 仲間とか、友達というものが自分は少ない。私生活で少しずつ作る努力をしたいと思います。環境が変わったのできっと出来ると信じています。 プロと大衆というのを、あんまり分けない方がいいんじゃないかと思ったんですけどね。何故自分が分けがちなのかというと、日頃、他人の言葉のここが違うと感じてしまうことが多く、プロ目線で、見下しが入ってしまっている。 挨拶がないまま、作品のみで、サイトの書き込みが始まってしまいました。正体不明の男です。よろしくお願いします。 (ユーザー交流スペース2024/6月度)

2024-06-20

ぐんぐん伸びろよ雑草。 痩せガエル 負けるな一茶 これにありと言うところでしょうか? 頑張ろうとか強く生きようと言う思いを、外部の対象に託している力強い一作。 作品を数作読みましたが、多くの詩の中から、少し混乱した状況の中で過去を振り返りつつ、現在と対峙している一人間の姿が描かれている私小説の様相を感じさせられました。 (跡地)

2024-06-19

>黒髪様 ありがとうございます。 私は、実はモテてないことはなかったようなのです。女性の方に聞きましたが、私のことをとてもいい身なりなので、女の人から話しかけづらいと言われました。 私自身は女性というものがよくわかっていなかったので、好きなら気になるなら相手から声をかけ、好意を寄せてくるものだと錯覚していました。 女性から声をかけられたり、数人で追いかけられたこともあったのですが、逃げてしまったり、鈍感なことが多く、ものにすることが出来ませんでした。 それも我が家がとても厳しい、米国的道徳教育に縛られた家庭だったため、私が女性に対し、奥手だったことが原因だと思います。 私は実際は、ジャニーズ事務所に入れそうな風貌をしております。タモリ的な屈折を表現するのは限界がある。とすれば、タモリと小田和正の中間のような在り方が私には相応しいように思うのです。 芸能界は私の夢ですし、ここ数年で天才としての自覚、己の才能への自覚も芽生えから確信へと変わりつつあります。事業所通いから履歴作りに成功した暁には、一般就職を果たし、念願の芸能界オーディションを二、三年後には改めて受けたいと思っています。 クロマニヨンズも歌っていますが 「どん底ならば上がるだけ」 最近の私は、周囲の人たちにも魅力を認められつつあります。実は結構認められていたのですが、私が良くない謙遜をしていたので、周りも持ち上げづらくなっていたようです。 (タモリと小田和正)

2024-06-15

>おまるたろう様 鋭い感想です。批評文。文化を論じる。そこで二つの表現者の対比が出てくる。考察を深めていくと、もっと坂を登るような根性が必要。それはあると思います。 個人的にですが、もう少し人の心が判らないといけないとは思いつつ、他者に対し、充分にものを考えて行動しているのかという不信に悩むことが多く、その苛立ちが図式化を招いているような気がします。そこを掘り下げるともう少し暗くなる。リアルな心情が浮かび上がる気がします。 (タモリと小田和正)

2024-06-14

「ある雨の日に、私と君と」 ある雨の日に、私と君と 丁度、お茶菓子と納豆のように、出会う ある雨の日に、私と君と とろけるチーズと、ハンバーグのように広がって ある雨の日に、私と君と 桜吹雪と、梅の花のように、散っていく ある雨の日に、私と君と 回るアンブレラ 浄瑠璃仕立ての人形芝居 ある雨の日に、私と君と カタツムリに、勝ったつむりの梅雨模様 ある雨の日に、私と君と 秋風舞い 冬は疾風 ある雨の日に、私と君と 回転木馬 コマのように、回る二人 サーカスのように乱れ踊り飛ぶ二人 アルアメノヒニワタシトキミト サンカイ ウメノチルラン コナユキマッテ ハルヲウチケス (B-REVIEW 6月のお題詩「ある雨の日に、私と君と。」「ハイパーポップ」)

2024-06-13

「ハイパーポップ」 グローバル時代のポップに置ける均質性は、多様性重視社会の持っている不埒が際立つポップミュージックの台頭でもある 自己決定出来なく無くなったアーティストが放つメッセージ。 相対性重視で、絶対の価値を認めない世の中。 つまり、あれもあり、これもありが蔓延した結果、正体不明の空気のようなものが音楽によるムードと相乗効果をなして、スカスカのポップミュージックを生み出しているというわけだ。 米国初の、極端な理想主義。 左翼的価値観による共産主義革命の結実が、見えないファシズムを生んでいる。 グローバル基準と言いながら、結局欧米基準で物事を決めていく、単一の価値観によるファシズム。それがハイパーポップの正体だ。 仕事で使う労力も愛もすべてデジタル通貨に換算される無個性無機質時代のポップミュージック どうせなら、タモリ的に我が国だけ、ハナモゲラ均質で、音楽的に纏まれられた意味不明語でアヴァンギャルド転換された翻訳ポップ社会にしたらどうだろう? ロシアスロヴァキア的単位の数え方 1ガロック 2ガロック 3ガロック 4ガロック ドイツ フランス的なイントネーションによる単位の計り方 1ポーニャ 2ポーニャ 3ポーニャ 4ポーニャ ギリシャ的な単位の計り方 1アポロン 2アポロン 3アポロン 4アポロン イタリアメキシコ的単位の計り方 1メスカマリアーダ 2メスカマリアーダ 3メスカマリアーダ  4メスカマリアーダ 20世紀にはあらゆる前衛運動が華やいだが、タモリ的なハナモゲラ、意味の解体的世の中が、今の日本の悲惨な現状を招いているとしたら、その音楽的趣味の良さ、オノマトペに細部まで行き届いた音の響きの良さを受け継いだ言葉遊びの達人はいない。 ハイパーポップ時代に、グローバルファシズムに対抗馬たり得るのは、いい耳を持ったミュージシャンによるオノマトペ攻勢によるハナモゲラ単一主義音楽だと思うのだ。 ラメちゃんたらギッチョンチョンで、チョンのチョンのチョン♪ (B-REVIEW 6月のお題詩「ある雨の日に、私と君と。」「ハイパーポップ」)

2024-06-13

ジョンレノンとポールマッカートニーと、桑田佳祐的言葉遊びが融合して、親父ギャグ全開で楽しい出来の一作でした。 (アイ・アム・ザ・ウォルラス)

2024-06-13

「ある雨の日に、私と君と」 たった一人で、生きていきたい人たちの、壁に阻まれた詩は、書きたくない ところが、ボクの出会ってきた人たちときたら、たった一人で生きていくことを、望む人たちばかりだ 寂しがり屋で泣き虫。放っておかれるのが、大嫌いな甘えん坊ちゃんは、だーれだ? そこで、現実の世界では出会えない『君』と言う人物との、ある雨の日の物語を、書こう 君は、カップに、コーヒーを入れて、おしゃまな格好をして、ワクワク顔でボクを待っている カーテンのレースからは、ふんわりとした香り クッキーとビスケットを用意して、君は待っている そこへ、寝巻き姿のボクが、眠た顔で、登場 「ダーリン、今日は私に、どんな話をしてくれるの?」 外は、雨が降っている 「ハニー、バターとトーストを焼いて、サンドウィッチだ。話はそれからにしよう」 ウロウロとキッチン、トースターの前をうろつくボク テレビでは、ジュリーアンドリュースの『サウンドオブミュージック』がやっている チャップリンの方が、良いな。おっと、君はバスターキートンがお好みだったね。 ボクは、君と親交を深めたくて、同じ仲間の中で、誰かいじめたい人はいるか? と聞く。 嫌よ、いじめなんてと君はふっと笑う。 クッキーとビスケットは、バタートーストサンドウィッチとぶつかり合って、陽気にジルバを踊ってるし、君はボクの足元を見て、解けてしまったボクの靴紐をキュキュッと直してみせる。その後、話をしている間、靴の上には、靴紐を直すついでに、こんもり君がよそった、バターがのっけてある。あつあつのバターがこんがり靴の上にのって、美味しそうだ。 アボカドとレーズンで塗りたくられた上質な雨の日の夕べは、君の悩殺ボディと石鹸の香り、ひきつり顔の笑顔でいっぱいの上質なフィクションというわけさ。 (B-REVIEW 6月のお題詩「ある雨の日に、私と君と。」「ハイパーポップ」)

2024-06-13

「ハイパーポップ」 チョーソクショーヒの チョーソクショーヒの  タイシューオンガク ハイパーポップ! うたはふへすぎた うたはふへすぎた  ついては、ゆかれぬ ハイパーポップ! ナガレテハキエル ナガレテハキエル ナガレツツシルモノ ハイパーポップ! せやごろほきもん せやごろほきもん 天まで、届くは ハイパーポップ! ぬきよしよしらん ぬきよしよしらん コウオンタオンの ハイパーポップ! ふまへりへりぐさ ふまへりへりぐさ 買ったり売ったり ハイパーポップ! うみよしやまての うみよしやまての  手招きし続ける ハイパーポップ! てへろへみるばと てへろへみるばと 追うては、追われる ハイパーポップ! おうたはハイパー おくるまワイパー 洗濯ハイター ハイパーポップ! 音楽が新手の情報のように、超速処理されていく。 人間の脳もフル回転で、21世紀の音楽は、ロボットもまっつぁおのスペースミュージックだ。そのスペーシー感を、意味不明単語の羅列と言葉遊びで表現してみました。 (B-REVIEW 6月のお題詩「ある雨の日に、私と君と。」「ハイパーポップ」)

2024-06-13

年増の女性の微妙な真理を読んだ作品です。 後半ある種の狂言に入るのは、狂気と正気の中間、余裕と貫禄、優雅と風情、それでいて侘しさを感じます。 (ふと世阿弥になって。)

2024-06-12

現代的な病をテーマにした作品だと思います。 人類は叡智を絞り進歩し続けた結果退化へと至りつつある。 選択の自由の幅が広がったことに、喜びを感じ、可能性を感じ取れる人間ばかりではない、 混乱を埋めるための、ファシズムを必要としている人は増えていくのかも知れません。 自分の力で掴み取った自由選択肢でなければ、簡単に手放し、放り投げたくなるのは当然です。 どこかで人類は、進むべき道を間違えたのかも知れません。 (僕ら生粋のギャンブラー)

2024-06-12

ポップソングです。その響き。 ヒットしても間違いない? フランクザッパが昔、60年代に、とてもヘタウマな演奏グループを激賞したことがありました。 そのアヴァンギャルド精神。パンク精神を感じるのでいいと思いました。 内容に切れ味の良さと、ある種の潔癖症の匂いを感じる。これがセンスですね。 (梅雨も楽しい)

2024-06-10

不思議な音楽のような詩です。 比喩的な言葉遊びにおけるイメージに、強いこだわりを感じます。 まだ若く肩に力の入ったところのある言葉職人の技巧が沢山詰まった家具を眺めているような感覚で読みました。 実験的な野心が作品世界に溢れておりますね。眺めているだけで楽しい。ピカソ的です。 (オレンジティーチャー)

2024-06-10

ワンフレーズは思い切った投稿だと思う時があります。 心の叫びなのか?  消え去ることさえ許されないと言う圧力はどこで受け止めているのか? 興味の惹かれる話です。 死にたきゃ死ねと冷たい社会で、自分を求めている人がいるとも読めてしまう。不思議です。 (タイトル無し)

2024-06-10

ナイーブで、センチで、ひたむきないつもの黒髪さんが、ここにいる。 サイケな愛。愛はヒッピー。つまり、ザビートルズで、サージェントペパーズで、中島らもな黒髪さんワールドが作品世界で開かれていると思います。 (生きること/愛すること)

2024-06-10

>秋乃 夕陽様 戦後の自由教育の中で、自由や個性ばかりが尊重され、障害は個性だと言うスローガンまで唱える人もいます。確かに知的面で問題がある人のことを、それは本人の個性だからと受け入れるのは、まだ理解出来ます。 しかし、精神障害の場合、医薬品で暴れるのを抑え付けなければいけないと言う名目があるのに、何故そこで、それは個性であり、尊重されるべきだの言葉が出てくるのでしょうか? そこに論理矛盾がある。 知的障害や、身体障害は本当ですが、精神障害の9割は嘘だと思っていいと思います。 農薬や添加物も日本は世界上位国になりました。 平和な時代は、医療と見えない薬品、毒物によって静かに人が殺される時代でもあります。 そこに、大病院や製薬会社の利益問題が絡んでいることは間違いないですね。 (長男は脳の病気ではない)

2024-06-08

>黒髪様 ありがとうございます。 感動して頂けたようでなによりです。知的考察の重層的積み重ねが、ものを言ったと思います。 正しさに関しては直感ですね。童心的純粋さに表現力をつければ、ピカピカのロジックが光り輝きます。 (長男は脳の病気ではない)

2024-06-06

独りよがりに死にたい。孤立死ということなのか? 現代は孤立の時代です。独りよがりで結構と頑固を通す大人も増えました。 他人に依存してしか生きられない。どこまでを依存と捉えるか? 例えば仙人のような人も弟子の存在を必要とするものかも知れない。 アダムがイブを求めるように、孤独と言われる人間も常に他人を求めるものだと思います。それは現在が過去を求め、未来を必要とするようなものではありますまいか? (ひとりよがりに死にたい)

2024-05-29

「ハンディキャップ」 モーニング娘。の「LOVEマシーン」は、少子高齢化社会対策の一環としての社会主義ソングだ。 細かいことはどうでもいい。若い男女が発狂して子供を作ることが大切なんだ。 加速する社会主義(社交主義)と、置いていかれる個人。 そんなことはどうでもいいかも知れないが聞いて欲しい。 私は10代になる前から、長兄に家庭内で暴力を受け、それを家族ぐるみで黙認されていた。 私が嫌だったのは長兄からの暴力だけではない。 長兄の持っている生理的歪みが、暴力危害行為が始まる前から嫌だった。 「この人とは仲良くなれない」 私が幼い頃、長兄に対し、感じていた違和感だ。 長兄の持っている不穏は、ようやく社会を脅かすようになった。 それまでは個人である私を脅かすのみだった。あれから30年後のことである。 放火事件を起こし、逮捕された。無職者の犯罪の報道が加熱している。 「私たちは発狂して子供を作った。それが嫌だというなら、貴方たちはそれ以上のドラマを作ることが出来るの?」 不敵な笑みを浮かべて個人を睨むビーナスたちが置き去りにした悪魔の報復が始まるのは、これからのことだ。 (B-REVIEW 5月のお題詩「サザエさん」「ハンディキャップ」 )

2024-05-18

音楽を聴く時、曲で聴く人もいると思いますが、深堀して探究する受け手は人に興味を持って系統立てて聴くようになります。水流、潮流、湯水から湧き出る流れ水脈。そう言うものの源泉に触れたいという願望を持つものなのかも知れません。 (詩は人で選ぶ故に詩人という)

2024-05-16

「ハンディキャップ」 鳥山明が亡くなった。 私は、鳥山の本質は、ドクタースランプではなく、スッパマンにあったと思っている。 日本の表現は、ライトな表現が、好まれる。 ライトな表現、影のない表現。 80年代以降、高度経済成長期から、バブル期へ移行した日本は、影を失った。 スッパマンの闇、負の側面。 それよりもアラレちゃんの持っているライトな分かりやすさが、日本人にはウケる。 「ワンダーアイランド」と題されたスッパマンを主人公にした鳥山の処女作は落とされ、ライトな「アラレちゃん」を主人公にした漫画で鳥山はデビューした。 大衆がみたい「ドリーム」に、負の側面は似合わない。 実際は、80年代から日本は自殺者が増え、日本は自殺大国になった。 95年に「エヴァンゲリオン」で鳥山が描いた「ライト」への反動が来た。 負の側面を許容しようと方針を転換した日本は、カウンセリング大国になった。 カウンセリングは一方的なコミュニケーションだ。 カウンセラーは悩みは聞けても、自分の考えは言えない。 トモダチのいない国、日本。 何故日本は、極端を好み、中庸を嫌うのか? 助け合うことも手を取り合うことも出来ない一億総ジョーカー時代。 医薬品漬けにされ、心に包帯を撒かれた状態で、自由に空を飛べない日本人。 戦後GHQが、この国の人々に負わせたハンディキャップは、未だに解けない。 アラレちゃんのキュートは真似出来ても 空を格好よく飛べないヒーロー「スッパマン」の持つおかしみは、米国人にはとても出せないだろう (B-REVIEW 5月のお題詩「サザエさん」「ハンディキャップ」 )

2024-05-16

「サザエさん」 どうして、人が人をいじめるの? どうして、人が人を殺めるの? それはそれをやってる人にとって、それがとてもセクシーだからです そこに、悲しみはない そこに、哀れみはありません そこには確かに、穢れた悦びと、病的な笑顔があります インターネットラジオでビーチボーイズチャンネルを聞く ボブディランがかかる。ジャンアンドディーンがかかる。 そこには確かに、傷ついた心を癒す民衆の思いを代弁する声がある それこそ、悲しい。それこそ、美しい 戦争は国を挙げた国家犯罪。そこには、1%の者たちが傷つく人々を見て病んだ笑顔を浮かべるエクスタシーがある そして、そんなことにも気づかないここ日本では、日曜日の夕方18時半に、色気とエクスタシーを封印した平凡を売りにするアニメ番組が今も変わらずに、流れ続けている 「母さん、白いご飯に鰹節!! おかかいっぱい乗せて朝のいっぱいに味噌汁!」 I Want A Cry…… (B-REVIEW 5月のお題詩「サザエさん」「ハンディキャップ」 )

2024-05-12

『ハンディキャップ』 沼から生まれた泥がこう言った。 「俺の名はハンディ。ハンディを持って生まれてきた。 俺はなんにでもなれる。チョコレートにだってなれるし、二宮金次郎にだってなれる。 なれないものは、なんにもない。俺は水溶性、自由自在に色を変え、形を変え、匂いまで変えてみせる。 否ッ、匂いまでは変えられない。そいつが俺のハンディと言えば、ハンディだ。 俺はなにをやるにも時間がかかる。凄く土臭くて泥臭い。 大人になった振り、子供のように嫉妬することさえも、感情の起伏が織りなす、一つの演技であることを知っている。 それでいて、それを知ったりわかったり悟ることには、とてつもなく時間をかけて気づくのさ。 慣れるのが早いやつは便利だけど、嘘つきだ。まるで、それ、そのものであるかのような顔をするやつ。本心からくる真顔がないやつ。私も人間も同じ、元々みんな泥状だ。死んで個体から、液体に変わればそれが分かる。気体に変わるのは、そのすぐ先さ。つまり天国行きのゴーストまで、コーストトゥコーストと言うわけさ」 ハンディは、頭の回転が速く、時に会話が飛躍し過ぎる。つまり、空回りがハンディのハンディってことになるわけさ。 ※ コーストトゥコースト=バスケ用語で、ゴールの端から端まで走ってゴールすること。 (B-REVIEW 5月のお題詩「サザエさん」「ハンディキャップ」 )

2024-05-11

『サザエさん』 観自在菩薩曰く 「健康とは、丈夫な背骨のことである。肩甲骨、丈夫な腰、尻を支える足。道を動かす腰」 肉と骨。ドラ猫ちゃん、お魚咥えてワンツーワンツー♪ ツァラトゥストラ曰く 「健康とは、初夏の陽気のことでありんす 健康とは、新緑と広大な大地のことでありんす 健康とは、朝の寒風摩擦のことでありんす」 洗濯物干竿見上げてワンツーワンツー♪ 忍者服部くん曰く 「健康とは、ファミリー向けビデオでござる 健康とは、濃い緑茶とミカンでござる 健康とは、ちゃぶ台囲んで円満談話でござる」 不忍ぬかずの安心安全ギャグ。ワンツーワンツー♪ 故・圓生師匠曰く 「健康とは、豆腐のような毎日のことでありますれば つまらない、勃たない、艶がない。つまり平和が一番健康なのではないか、と」 カツオくん野球帽被って、ワンツーワンツー♪ 「えー最後は、私、いかりや長介でございます。えー、成人男子の健康には『サザエさん』より『アワビちゃん』の方がいいそうでございます……ダメだこりゃあ!」 泣けてくる〜(故・無責任男・植木等)♪ (B-REVIEW 5月のお題詩「サザエさん」「ハンディキャップ」 )

2024-05-10

私は人が集まるような魅力的な人と接したことがないのです。 それは医療保護入院という名目で強制入院から障害者としての生活を義務付けられたからです。 私が思う魅力的な人。こんな人には人が集まると思う人は、手塚治虫先生や赤塚不二夫先生のような、優しく人の話にじっくり耳を傾ける包容力のある人です。 思わず先生と言いたくなるような、そんな人が人が集まる魅力的な人だと思います。 魅力は感じても人は集まらず、いつか離れていく人もいます。 それは、エゴが強い人の持つ女性的な魅力だと思うので、あまり感心しませんね。 (薬を飲んでから)

2024-05-06

>黒髪様 高評価、ありがとうございます。 少年時代から、自分はわからない言葉があると熱心に周囲に聞き、自分で調べる人間でした。 周りの大人も含め、言葉の使い方が違うのではないか? ということにとても敏感でした。 その個性を発揮出来る場が与えられることは、とても光栄なことです。 確かな実力って言われるとやっぱり嬉しいですね。 音楽でも自分はサウンドを勿論聞きますが、歌詞であり物語性を意識して聴いていると思います。 バンドもしやるとしてもヴォーカルと歌詞以外はやらないです。 (力瘤太郎)

2024-05-04

ディスコのミラーボールが目の前で回り続けている絵が浮かぶようなロマンティックな詩です。 ロマンチシズム。ダンディズムが冴える。イイね! (祝福)

2024-05-03

不登校の子を思う気持ちや、だったかなあと回想する様子。寂しくも懐かしさを感じる詩です。構成もきちんと練り込まれ、情景描写がきちんとしているので、感情移入しやすいと思います。 (夜明け前)

2024-05-03

不安定な時代、言論統制が激しく、世の中の全体像が掴みづらいです。 ノイジーな主張の中に、不思議な安心感を感じるのは、これだけ強い主張をしても一歩も引かない強さを感じるからだと思います。 世界は1%の奴らが牛耳っていてどうにもならないは、父からも耳にタコが出来るくらい聞かされてきたことです。 (極北、またの名を老害)

2024-05-03

デブとうんこというベタなネタも久しぶりに読むとやはり面白いです。 デブいじり。デブに乾杯! (びっくりするほどのデブ)

2024-05-03

作者が追われている状況と焦燥感、それを冷静に俯瞰している鋭い眼差しを感じました。 ドコドコ、何処何処。 こう言うオノマトペを使った言葉遊びはやはり上手いなと思います。 (T RAIN)

2024-05-03

不思議な親しみを感じる詩内容です。物語性のあるエッセイのような。 アイドルは女も男も永遠の夢ですね! (クリスマスプレゼント)

2024-05-03

自分に重ねて読むと、親から逃げて新たな世界を探したけれど、結局そこまで期待していたものはないのかも知れない。みんなそんなに変わんないよと言うことなら納得です。 (ひとは働いてしんでいく)

2024-05-03

不思議な詩です。触れた時の不思議な感触を表現しているような。 (誰の頭んなか?)

2024-05-03

素敵な詩です。素晴らしい詩。二人のメルヘン。 甘酸っぱい恋。 (君へ星の贈り物)

2024-05-03

綴りを間違えました。 Leaving homeでしたね (家出娘(She’s Living Home))

2024-05-02

詩とは真実を書くものだと言われるものだけど、お芸術には艶が大事でその時々の好きものでいいという側面もある。 パンクなメロディ、真っ直ぐな思いが出ていて好きです。 意外と難しい、この味を出すのは。個性が必要だから。 PS.前のコメント欄投票入れようとして無コメントになってしまい、失礼いたしました。 (多様性ハレルヤ)

2024-05-02

習字で書くような内容の詩だと感じました。 不健康上等みたいな、心意気を表した詩。 (死なないためでなく。)

2024-05-02

男っていいなと思える詩です。 汚いちんちん、か弱いちんちん、味のあるちんちん、優しいちんちん。 人生いろいろ、ちんちんにも色々ある。 (ちんちん考)

2024-05-02

素晴らしいですね。詩に艶がある。 張りがあり、背骨がしっかりしていて凛とした作品です。 (真っ白なこの世界に彩りを)

2024-05-02

基準があるから腐っているという見下しが生まれる。その基準を生み出したのも、この世界であるならば、美意識は現実より重要だろうか? 確かに、美意識の方が現実より勝たなければ人ではないかも知れない。だとしたら、腐っているそこがいいとは、腐っていること自体がいいということではなく、美意識が腐っている世界に立ち向かう甲斐があるのでいいということなのではないか? そう読みました。 (俺を見ろ)

2024-05-02

綺麗な詩です。文体に品がある。 (あなたがまだ朝にいたころ)

2024-05-02

吉田さんでどれだけ遊ぶのかという言葉の実験が凄いと思いました。 醒めない遊びを求めると実験になる。科学者です。 (FEEL LIKE MAKIN’LOVE 。)

2024-05-02

(天国)

2024-05-02

>A・O・I様 愛はリアクションです。連鎖反応が世界を作っていく。 ありがとうございます。 (悲願)

2024-05-02

ストレートな作風が魅力ですね。 低賃金労働者の書くパンク詩。若く瑞々しい感性が光ります。 (天国)

2024-05-02

>ほり様 精神医療とか、感情の負の面を嫌う薬学に疑問がありまして。 思い切って、逆張りっちゃいました。 (悲願)

2024-05-02

>田中宏輔様 ちょっと心情的なものが出てしまっているかも知れませんね。 詩は身を表すもの。そこは切り離せないです。 (悲願)

2024-05-02

ありがとうございます。 再出発に向けて計画を立て、準備し、待機中です。 とにかくご飯を食べてお肉を体につけるようにします。筋肉あんまりない筋肉万太郎です。 (悲願)

2024-05-01

私の好きなレトロな世界の中にあった言葉の切れみたいなものを感じました。 人懐っこさが懐かしいです。 (夏を祈祷し)

2024-05-01

ありがとうございます。 感情の喜怒哀楽の全てが欲しいという私の人生全肯定への想いと、医薬品漬けの生活を余儀なくされた身の上の不幸と境遇を寓話に託しました。 (悲願)

2024-05-01

トビラ様 歌というものはそういうものだと私は思います。 なにをどうしろとか、運動歌のようなものもあっていいと思いますが、基本は吐いて出すもの。それが詩だと思います。 頭にきます。晴れの場で昇華したいと思っても、根にあるものが解決しないとダメなんだなぁと悟りつつあります。逃避行的なものも考えましたが、人の話を聞く人間にそれは向かない。 行動に起こさない人間が問題に立ち向かうには、法を通して戦うしか無いのです。 行為に向かない。イマジネーションの世界に生きている人間に、一人暴動によって立ち向かうのはとても難しい。納得出来ないことに体が動きづらいのです。 今日は公明党の政治家と会ってきました。弁護士が味方しないなら、政治家。今はとりあえずそこまでです。ありがとうございました。 (平和とはなにか? 実はここにメッセージはひとつもない。)

2024-01-29

熊倉ミハイ様 恐縮です。 実際に褒められると自己満足が、他人に広がったようで。 どっかで自信が無いんですよね。 自分が面白いと思っている。要するに本当は他人に不信があるんだと思うのです。 他人からすれば僕に不信がある。 難しい。ありがとうございます。 (平和とはなにか? 実はここにメッセージはひとつもない。)

2024-01-29

正直いうと、僕の場合、入院中怒りの抑制を要求する病院の希望に合わせて沿わせるんだよね。 人の話聞かない人とか、正直な人が多くの人に理解されやすく愛されるのはわかるし、それを悪いとは言わないのです。 ただ、少し扱いの違いに腹を立てることはあるかなあ。 だって、こっちは我慢して合わせてたりするし、本当にその黒神様の言うように、違いだけだよね。 損する方、得する方、どっちの違いかと言うことで。 未来予測の世界に生きると暴れたらどうなるかと言う計算が入る。 入らない人は好き放題できるし、それでどうにかなるもの。 計算高さと企画性を持ってないと、まともな言葉の連なりの世界を生きれないとも思うんだけど、正直な人の魅力もあると思う。 不満があるから病気になる。病者と言う立場になると、発散の抑制への要求社会的にどんどん高くなっていく面もあるし。 愛と怒り憎しみが同居すること自体は否定しないです。 好きだから従うし、好きだから従わせる。 怒りに対し、愛で応えることもあるでしょう。 怒ってる対象があるならそこにぶつけると、誠実に返してくれることはある。 他者への絶望が根底にあるのだとしたら、医薬品でそれを抑えることが根本解決になるのだろうか? (愛よりも怒りの方が大事だ)

2024-01-21

>鷹枕可様 ありがとうございます。 深い指摘ですね。確かに意味合いは一見似てるように感じますが、ニュアンスの違いで物事に関しての価値観の基準の違いが出る。 普通と指摘する内容を見ると 完全に戦後民主主義の発想です。 みんなで手を繋いでゴールしましょう。一位は作りません。 僕が主張しているのは 米国型の資本主義の世界で勝つことに対する抵抗心が現れている。 手を抜かないと、和を乱し、皆を病気にするくらい頑張ることを強要されることってあるんです。 それが僕の考える負けだから。 なにが負けてなにが勝ちか? どっちがみんなのための民主主義かというと、僕は勝つためにみんなを出し抜いちゃダメだし、そのために我慢しなきゃいけないこと沢山ある。勝つってみんなに勝つってことだから、お山の大将になっちゃいけないってことだし、その上で上の人間の言いなりになって、仲間を思いやらず、頑張りすぎちゃダメだってことです。 みんなに勝つって発想がおかしいですよ。 みんなと一緒でいるのが楽しい。それだから我慢する。その発想がないと、勝つことがなんなのかがわからない。先ず自分に勝つってこと。自分の欲望に勝つ。その欲望を刺激するのが、今の世の中の価値基準だから。 勝つために卑怯なことをやる。極限まで行くとそこまで考え抜かないとダメだと思うんです。 中国共産党員やロシアスパイがどれだけ厳しい思いをして騙しを働くようになったか考えると、日本人のラブソングはとても聞けない。 好きだから結婚したとか好きだから付き合ったとか、中国で厳しい思いをした女性ならとても言えないです。 生き残るために味方を作るために、男に体を預けた。それぐらい必死な思いをしてる人からすれば、日本人男性ちょっと差別新枠の湧くのは仕方ないと思います。 好きだから結婚した好きだから思わずおっぱい触っちゃったみたいな。 それって厳しい国で恋愛してきた人からすれば、怖い話です。 倒産自殺も甘いですね。国に依存して、売国奴と言われても、年金貰って生き残る。 それぐらい厳しく考えないとダメだと思う。 国に依存するななんて甘っちょろいもいいところです。 特攻で死んでいった人が、童貞のまま死んでいった精神から言えば、国が国民に対して、卑怯を働いている戦後の日本で、国のために命を捨てろなんて、できる訳ない。したらおかしいし、英霊を侮辱してますよね。 (私の好きな社会的弱者)

2024-01-17

エイクピア様 現代的な詩という言葉とてもうれしかったです。 私の詩を読み慣れている人は、私の詩に古典の匂いを感じながら、現代的な問題を扱っていることを感じていると思っております。 現実を俯瞰鳥瞰してみると、騙される行為に慈善心があり、必ずしも舐めたものじゃないということに我と我が身を振り返り気づくのです。 どこかで本当は信じていなかった。何故それを許したか? 油断も隙も見せずに完璧な人生を送れたとして、それがどれだけのものかというのが自分にはあったのです。 今の超管理社会は、人々の完璧でありたい完全な人間としてありたいという想いに応えるものなのではないでしょうか? 勝つと思うな思えば負けよ。 柔ですね。 勝つとか相手を打ち負かすとか、卑屈で格好悪い醜い。ダサい。それを笑うと可哀想なくらい醜い人がいる。 難しい時代です。米国はいいかなぁとどうしても思うのです。お金がないですからね。 「米国行ったら?」 よく言われます。向こうは個人主義で弱肉強食のメッカなのに、若者にとってはいい気がする。 ヘイトを表に出すことを認めてると思うのです。それが若い人にはいいです。日本てラブの歌しかないと思う。それが息苦しいです。 (私の好きな社会的弱者)

2024-01-17

>妻咲邦香様 弱者には2通りいます。良識故に嫉妬深い人。良識の仮面を親に被され、苦しみながら、嫉妬が出来ない人。 社会に出ると、良識が嫉妬を生み出すのだと言うことを痛感します。 キスやハグなど、相手に対して、どこまで責任が発生するかというと、それは無償の愛で済ませられるものだと思います。しかし人前でやると怒るのが男性です。フェミニズム系もそうですね。 良識は大事だけれども、責任込みの良識で考えないと、言論の自由を貶めるような、良識は良識ではない。米国は自由を尊ぶ精神があるため、気風が違います。何故米国ならそれを許し、一方で反米を唱えるか? 歴史的なことに対する理解もないまま、反米を唱える若者が増えました。 左翼の激化だと思います。 優しい人は少ない。負けたとか勝ったとかそこまで大事なことじゃないと言える人にとっては、色んなことが他人事に思えてならないのです。つまり暗いニュースがある。 そこに対して憤怒を浮かべ涙を流すより楽しいことをやりたいと思うものです。 コメントありがとうございました。 (私の好きな社会的弱者)

2024-01-17

心理的なことを考えるとキリがない。 なにが真実なのか考える。それもまたキリがないか。 思考そのものとも距離を取る。それでぼりぼり食べるようになりました。 距離感は大事です。自分と離れることも大事。 追っている自分が嫌いです。求めてる自分も嫌い。格好悪い。 傷つけた記憶については、仕方ないと思えばいいかと。 人を傷つけてない人は普通いないですから、それを自覚しているかしていないかの違いではないかと。 簡単に捨てるナイーブのなさも悲しいけれど、捨てたものを惜しがるのもまたさもしい。 後ろ指を刺されなければ、皆捨て放題捨てるものです。新しいものを取り込む方が大事じゃないかと。 (何でだろう)

2024-01-16

男も女も根っこにあるものは同じ。 愛されたい、可愛がられたい。 そのために格好つけたい。 愛嬌がない格好付けだと、威張っているので、嫌なんだと思う。 なんで、そうなってしまうか? 恥ずかしいと言うことと、異性なのか? sexなのか? 歪んだイメージと、内心の軽蔑心がある。 親なのか? 教育なのか?  甘やかされ過ぎると、親を舐めるようになる。 それは親依存者の特徴です。 なにが問題かということを取り違えてしまう場合、それがセックス異性への軽蔑心になる。 厳しくされすぎて歪んでしまうと、問題に対する誤解が解けないことが多いです。 お水の世界や、福祉の世界では、愛されたい可愛がられたい、そう思ってる自分を素直に認めれば受け入れてくれる人はいます。 芸術の世界における障害者アートもそういうところがある。 お水の世界へ行くとそれがよくわかります。私もそれを悟りつつあります。 黒髪さんのこの詩は確かにそうだと思いました。愛、すべては愛です。 しかし、文章は修飾の問題がある。 愛されたい可愛がられたいそのために格好つける。すると文章においては修飾の問題がある。つまり細やかさの問題。 >地球=人類は その全ては 愛の別名でしかなかった 果たしてそうだろうか? という疑問。 これをどう捉えるか? 少し大雑把に感じる。 思想だと思うのですが、根っこにあるのは左翼思想だと思います。 左翼はいい人が多い。国のためだとか、公のためだとか建前を剥がして、左翼思想を認めた時に、人の良さが出る。 建前を作らなければ保守になるんじゃないかな? 僕はそう思ってます。 国のためじゃない、みんなが好きだ。 公がずれてしまうと、共同体が人類愛になると思うのですが、 戦争の本質が人類愛じゃなければ、差別は生まれない。 人類愛があるから差別が生まれる。 そぐわないもの劣ったもの。相応しくないもの。全部認めると共産主義革命。 本当は認めたくない。 そこに苦しむのかなあと思うのです。 みんなのためになにをやったか? なにができたか? それが見えないと認めづらい。 それが差別になる。差別したいんだと思う。 障害者アートとか、お水とか福祉というのは、差別の対象ではある。差別すればいいんじゃないかなあ? と思うのですが、そこに落ちると差別しきれなくなりますよね。 過去俺は人間になる。 過去俺は頑張った。過去俺は凄かった。 未来に希望が見えない若者は、ダメだと思うのじゃないかと。 お水は、医療依存と違い、発散の役目がある。 医療界は抑圧と鎮静効果により延命を選ばせるので、お水と違うのですが、若い時にそこへ落ちると絶望しかないですね。抑圧と管理と闘い続けるしか、抜け出る道がないですから。 (愛の惑星)

2024-01-16

小学校は子供のわがままが許される場所ですが、なんでもやっていいという場所ではない。 その時点で私は社会に馴染めず、不登校を選びました。 しっかり耐えた人間が優しさを口にする資格がある。羊飼いさんの詩は。心に響くものがありました。 (ハイイロネズミ)

2024-01-14

泥臭さみたいのが魅力だと思うんです。 頑張ってください。 (天の河よ)

2024-01-13

現実に人間として酷い人生だみたいなことをそれぞれ置かれている立場で言い合うとマイノリティの人生って、酷いみたいに思う人もいるけど、みんなが送ってきた人生だって、フィクションの中でしか美しく語れないじゃんって思いました。 小沢健二さんの感じがして良かったです。 (142857B 2007)

2024-01-13

>atsuchan69 いい作品にシンプルに反応する。この明快さ、いいですよね。 (船場汁はいいと思った)

2024-01-13

完成形をかき混ぜながら、解説し、最後に 「さ、はよう食わんかい」 だと一瞬思ったのですが、出来たものを器によそり、そこまでやって、こう言うと言うことは、運んだんだと思うのです。運んだ後解説をする。 みかんばたけで働いた時、みかんの解説をおじさんにされました。 色々なシチュエーションが浮かびました。汁だから当然寒い日がいい。 素朴な中に、不思議な魅力を感じました。 旅をしている人の詩ですね。椎名誠さんみたいです。 (船場汁)

2024-01-12

言葉の力威力複雑さ、狂言を感じました。 オペラのようです。これだけの言葉を使いこなせる日本語力がある。 凄いと思いました。 意味は完全には分からなかった。 惹かれるものがありました。 (いくはて 雨露の飾り)

2024-01-12

不思議です。 言葉を愛している人だと思う。 並べ方整列の仕方、面白くてユニーク。 (誰かのほつとけーき)

2024-01-12

10代の方ですよね。 ビッグになってやると言うのは反逆精神としては宜しいと思います。 これから色々学び、それをでかい世界でぶつけてください。 腕を磨き技術を磨くこと。期待しております。 (クミンシード)

2024-01-12

>柊山凡人様 確かに英国やヨーロッパ欧米圏は、自分がこう思う。それを第一に優先することを美徳としていると言われますね。 日本人は、やりたいからやった。そこが根っこにありながら、それを何故やったのかが、見えない。 こうこうこうで、こういう理由でやった。そういうロジックが下手なのだそうです。すると、片目には狂気に見える。 ジャパニーズクレイジーモンキー。そう言う風に思われているのかも知れませんね。 日本にいて日本で過ごし、三十年以上経ちますが、未だに正直分からない。悶々としながら日々を過ごしております。 米国へ行く。それが解決方法なのかも知れませんね。 (心配性人間の悲しみを感じる作品)

2024-01-11

コメントありがとうございます。 都合により返信が遅れたこと、お詫びいたします。 歌詞掲載は少し欲を張ったと思います。 汚れることを嫌がる。恥ずかしいから。なにが恥ずかしいかといったら建前なんですけど、そういう人も少しいないと、そういう時代があったことに気づけなくなってしまうのではないかと。 (恋するナンパ)

2024-01-11

>熊倉ミハイ様 私は、死ぬことより歪むことを恐れて人は反撃し、闘うのではないかと思うのです。 それでいて生きている限り、その歪みは正される希望がある。それで勝ち目が見えない闘いはしない。 それが敗戦なのかも知れませんね。 (平和イデオロギー)

2024-01-11

>エイクピア様 映像的なものが浮かんだと言えばそれまでですが、バービーブーベーボーで揃える幼稚な発想を面白いと思ったんですよね。本当はそれでいいんですけど、メッセージとしては、僕が考えている平和とみんなが考えている平和の結果が違うのかな? と違和感を表したものです。 ありがとうございました。 (平和イデオロギー)

2024-01-11

>田中宏輔様 怖い。私もそう思います。僕は世界が怖い。ありとあらゆるものが怖い。 それでいて多くの人は私が怖い。 私の作品はそれを表すものです。 (平和イデオロギー)

2024-01-11

神が死んだ。これは正に、ニヒリズムです。 それでも私は言いたい。神は生きていると。 ありがとうございました。 (女の卑怯と優しさ)

2024-01-11

ユーモアを忘れてしまうと良くないと思うんです。 入ってくる人と入ってこない人といますね。ほとんど入ってこなかったりするんですけど、従うとはそういうことですから。この詩はいいと思いました。 (普遍性と、繋がりを巡る現代的な戦争の物語)

2024-01-11

ありがとうございます。世の中舐めたものじゃない。というのはこういった見識を内に秘めながらそれぞれ過ごしているものかと。しかし、それが中々見えないのが、現代社会。ポピュリズムの時代というのは、見えないわからないことが沢山ある。それが混乱を深め疲れ彷徨う原因だと思います。 これだけ深読みして頂ければこれ幸いでございます。 その解釈が正しいかどうか? それは正しいです。つまり不快でなければ良いのです。 (ねこ)

2024-01-11

尻で揃える。尻揃え。凄いなあと思います。 古典的なものもパロディみたいになっていて、面白かった。 (尻)

2024-01-10

いいと思いました。 (父は晴れ男)

2024-01-10

いい詩だと感じました。 (神と悪魔)

2024-01-10

>天才詩人2様 ありがとうございました。警戒心の強さ、警戒しろと言われたからですが、裏目に出て、自動ログインを今までしてこなかったことが裏目に出ましたね。段々ほどけてくればバランスが取れてくると思います。ありがとうございました。 (叛逆性の卵の状態)

2024-01-10