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向坂くじら


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向坂くじらの記録 ON_B-REVIEW・・・・

「食いちがう」 肉を食べる 切れ味の悪いナイフでねじ切って食べる 池のようなソースで食べる 男が帰ってくるまでには まだ時間がある 男が懇願したことがあった いわく わたしの食べている肉は腐っている においも口に運ぶ姿も耐えられない お願いだからその肉は捨ててくれ 他のちゃんとした肉を買ってきてあげるから そのとき食べていたのは鶏のもも肉で わたしはもう一、二切れ名残惜しく口につめ込んでから いわれるままゴミ箱へ入れた 三切れをいっぺんに頬張る 筋は手強いので歯で噛み切る 腐っている というほどではないのだ 多少色がくすんでいるだけで 男は なにを怖れているのだろう 荒野でインパラやシマウマの腐肉をすするわたしの姿が浮かぶのか それをディープ・キスで口移しされるように思えるのか わたしの体が内側から腐臭を放つことか 男自身がいつかどうしようもなく腐ることか それとも 「くさっている」という言葉自体が 男の優しい鼻をへし曲げる肉 わたしのおいしい肉の前にさらされると たちまち意味をなさない音のならびになってしまうことか ソースをさらにじゃぶじゃぶ足す 机にこぼれたかけらも拾って食べる もともと 意味のある言葉など ひとつでも交わせていたのか わたしたちの 飢えた二つのくちびるの間で 飛びたつ鳩の群れをみて きれいね! とわたしは喉を鳴らし きれい! と男のこたえた 光さす広場に居たときさえ わたしたちの舌は食いちがって なにもわかってはいなかった またひと切れ食べる 飲みこむ前にもうひと切れ足す 男は知っている 男のいない昼間に わたしがひとり腐った肉を食べることを 知っていてなにも言わない ただわたしの食べ終えた皿を洗ってくれ 冷蔵庫に腐った肉を見つけても わたしのために残しておいてくれる もうひと切れさらにひと切れ食べる 空中に男の両眼が浮かんでいる わたしもなにもいわない 肉を食べる フォークを逆手に持ち替え ソースを余さずすくいとって 最後のひと口まで食べる 太ももを胸を尻を背中を食べる くちびるを舌を言葉を食べる まるまる肥った怖れをひっつかんで食べる 男の骨を 腐った骨を余さずにしゃぶってやりたい わかるか これが わかるか (「びーれびしろねこ社賞」 応募スレッド)

2021-12-20

「変態」 十八歳の文化祭を欠席したので わたしはエプロンをつけなかった 出しものの喫茶店では 女の子がひとしくお給仕をさせられる 九月の家庭科はエプロン作りで 自らの腰を覆い隠すための布を 女の子たちは週に一度 ひと針ひと針縫いあわせた 女の子たちと 女の子たちのエプロンがお給仕に励むころ わたしのエプロンは教室の後ろ ロッカーのなかで紙ゴミに埋もれていた 扉にあいた空気穴の高さからはちょうど いそいそと動き回る女の子たちの尻が その上で白い布のリボンがはずむのが 見えただろう 幼虫はさなぎになると 体をどろどろのクリーム状に溶かし 成虫の体に作りかえるという エプロンは目撃する 女の子たちが一斉にリボンをほどくそのとき 尾てい骨から 肉でできた羽根が生え出すのを 全てが完了すると女の子たちはエプロンを投げすて はればれと背伸びをする その絶景を わたしは布団のなか 仮病のきまりわるさと本物の頭痛とを混同しながら エプロンの眼を通してながめていた どろどろに溶けたままの腹を撫でまわして 花嫁が あんまり熱心に食事をするので 親戚一同が笑う 事実ウエディングドレスは食事に向かず 呑みこむたびコルセットが胴をしめつける わたしは三層のテリーヌを食べ 白鳥を象ったパイを食べた コンソメスープを飲み干し 鮭と豚肉の燻製を食べ 紫芋のムースと赤蕪のサラダを食べ 舌びらめのムニエルをつるりと呑みこんだ 虫たちにとって一粒の雨は ときに溺れるほどの衝撃であるという 友だちが囲むテーブルの真ん中に 巨大な水のかたまりが落ちてくる テーブルは真っ二つに 金縁のお皿とグラスが飛び跳ねて割れる ドレスの友だちが悲鳴をあげて逃げ出す つぎつぎにテーブルが破壊され 花飾りは床にうちつけられ 司会者のマイクがハウリングする 子どもたちがあちらこちらで泣く 宴会場はたちまち水位を増し カメラマンの三脚が沈む 白いグランドピアノが沈む 三段のケーキと 上に乗っていた砂糖人形の男女が沈む 席次表やメッセージカードはぷかぷか浮かんでいる みなヒールや革靴をぬぎ ストールやジャケットを水のなかに捨てて 泳いで脱出をはかる ウエディングドレスが水を吸ったせいで わたしは一段高い席に座りつづけている 男は わたしの手を離さずに そこにいつづけてくれる ついに水面が天井に至るころ みんなもう逃げてしまった 巨大な直方体のなか ウエディングドレスは牡丹の咲くように浮かび上がり わたしたちの体も宙吊りになる ドレスの花びらに ふたり 丸ごと覆いかくされて どろ どろと 溶けはじめる ロッカーでエプロンが風化する わたしのクリームと 男のクリームと 手をつなぐようにおずおず混ざりあって 新しい体の 神経が つながる その絶景を わたしは虫の眼でながめ 熱心に食事をする 親戚一同はすでにあきれている パンをちぎっては口に放り込み ついでにバターまでいただく にんじんとビーツとアスパラガスのソテーを食べ マッシュポテトとバルサミコのソースをさらい 三口でステーキを平らげる 液状に噛みくだかれたごちそうで 胃のなかが波うち出す 新しい体よ、 一人分で お給仕もしない わたしの新しい体よ、 羽化が一度きりだとだれが言った? 更衣室でドレスを脱いでわたしは生まれるだろう そうしてもまたどろどろに死んで 別の日にまた新しく生まれるだろう クランベリーのアイスクリームを食べきったあと 口の端についた赤いジャムを手の甲で拭きとり その手の甲まできれいに舐めたら いっそ拍手喝采の親戚一同 小さなワンピースを着た女の子などは 真似してちょっと舌を出してみせた (「びーれびしろねこ社賞」 応募スレッド)

2021-12-20