病棟の窓から見える坂道
坂道の両側に広がる向日葵畑。
数えきれないほどの向日葵の花が
誇らしげに 咲いています。
わたしは ちょうど
朝の検温が終わり
わたしの中に 素直さが顔を出す僅かの瞬間を
待っています。
わたしと素直さが巡り合う かすかな確率を
呼吸を鎮めて 窓の外に向日葵を目にしながら
待っています。
それでも やはり一人では結論が出せないと
だから すべてを託す気持ちが生まれて
「あなたにすべてを託す」などと
今更 言っているのです。
あなたは そんなことより
窓辺のピンクのベロニカが
こころを癒してくれると
この病棟に暮らし 一年半が経過して
「ターミナル・ケアは要らない」と言うわたしに
子どもたちが来た時に 話し合いましょうと
微笑んでくれる。
あなたと暮らした年月を辿り
あなたと暮らした年月を思えば
あなたは秘かに嘘をついている。
わたしには
背中を向けた
あなたの微笑みが震えているのが分かる。
あなたに託すと考えるのは
竹林を揺らしている風のざわめきも
大河が流れ込む 遠くの海の波の音も
不思議に消え去った 明け方の東の空を眺めながら
あなたに満たされ わたしは
この気持ちのまま
ほかに何もいらないと
自然に 思えるからです。
その瞬間に巡り合った幸運を
誕生日の贈り物みたいに
あなたに渡せると 思えるからです。
痛みが消えたわたしの身体には
残された時間だけが時を刻んでいる。
あなたはそう思っているのかも知れない。
でも わたしには違うのです。
例えるなら 欲しかった新しいスニーカーを
買ってもらった少年のわたしが 心広げて
明日の朝を 心待ちに待つ気持ちです。
だから病棟を出て家に帰って
ふたりで第二のアオハルを
送ろうと思うのです。
庭にクロッカスの球根を植え
春のいちばん初めの花を待つのです。
あなたと暮らし始めたあの時と同じように
作品データ
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作成日時 2021-04-02
コメント日時 2021-04-04
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2024/11/23 17時00分28秒現在
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とても切実な恋文ですね。 読みながらしばらく何も考えることができませんでした。 とても力強い言葉でつづられていると思います。
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