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井戸
心が静かな時、 それはしばしば心が空しい時でもあるのだが、 私は、 時の井戸のそばに立っている 私はそれを覗き込む まさにその最も深い所にあらゆるものの誕生があった 潤うばかりのこの井戸が、 忘れがたいことだけでなく、 忘れていたことまで湛えている 追憶に際限はない 時の井戸はますます深くなる 眸の曇りは取れてゆき、 目前の画面の汚れも取れてゆく より澄んだ視力で井戸の底の底に映る己の暗い顔を見る あの頃、さらにあの頃、そしてさらにあの頃に、 我々はより弱い己を見つける 弱い者を疑い責めることは苦しいことだ 弱い者が誤るのは当然ではないか しかし我々は弱い者のためを思って、弱い者に教えを与えよう それで弱い者が少し強くなることもあるが、 弱い者が反抗して、思いも寄らない強さを発揮することもある だから我々はあの頃本当に弱かったのだろうか むしろ強かったのではないか こう考えることこそ弱いことではないのか こんなことを考えて何になるのだ 現代に井戸を覗き込むことの意味は何だ 無意味とは言わない 二度とあってはならないことが過去にあったし、 過去のことを参照して学ばなければならないということもあるから そして何より、過去は真実である しかし心構えが歴史的過ぎることで、 何かが誕生することを妨げるようにも思うのだ 今いったん、こんな井戸から離れるがよい 過去の奴隷になってはいけない 難しいことかもしれない そしてもっと大事なことは、 危険なことかもしれないということである でも埒もない追憶に、この心身を縛られたくはないのだ
井戸 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1270.4
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2021-07-13
コメント日時 2021-07-31
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
拝読させていただきました。 詩のなかでは明示されていませんが、 恐らく過去の戦争が題材になっていて、 私は現代の日本人が書く反戦詩が大っ嫌いなのですが、 本作の価値は、じつはそこではなく、 過去の奴隷になるのは心が空しい時であり、 こんな井戸から離れるがよい、という 自分との葛藤と、現在と向き合う姿勢が描かれている部分にこそ 価値があるのだと思いました。
1お読み下さりありがとうございます。 そうですね、過去の戦争は念頭にありましたが、それは私が念頭においた多くの事柄のうちの一つでした。私はもっと広く個人および集団の過去の経験のことを思っていました。過去を見る井戸から離れることは危険なことかもしれないけれども、単に心が空しい時、つまり非創造的な時に井戸を覗くのでは、過去の奴隷になってしまいます。創造的な状態にあって過去を見るということは、なかなか稀なことであると思いますが、望まれることだと思います。 表現の形が詩であろうと何であろうと、自己の中に内在しないメッセージを表現するのでは大失敗です。やはり表現は、人の個別的な、そして本性的な内的経験から出るのがおもしろいものだと思います。そういうものこそかえって他者に届くのではないでしょうか。 この作の中に、単純なメッセージではなく、私の内的葛藤を見つけていただけたようで良かったです。
2筆者様の "井戸" とは、私にとっては "鏡" なのかもしれません。 湛えた水が、深くて清らかだから、真実を忘れさせまいとする何か目に見えない力が、覗き込むその人に働きかけているように感じました。 自分の内面に素直に向き合う姿に心打たれます。
2お読み下さりありがとうございます。 ここでは「井戸」というモノを使って表現してみました。私は作中に何かモノを登場させて表現することが多いのですが、その腕前には自信なく、こういうことを続けるのがいいのか頻々と自問しています。 でも全体から「力」、「真実を忘れさせまいとする何か目に見えない力」が浮かび上がったことは、私には非常な喜びです。
2井戸=イドではなかろうかと思いました。無意識界。当然過去に対する反省が主眼ではないでしょうが、内省が深められていると思いました。
2コメントありがとうございます。 今、大辞林で「イド」という語を引きました。知らないことでした。知識の交換という意味でもこういう場はありがたいものですね。 フロイトの精神分析の用語であるとのこと。 無意識の領域には何もかも(未来についての思いさえ)現在よりも古いものに変化させてしまう力があると私は感じています。そういうものを見つめる自分を書いたのがこの作です。 反省は確かに主眼ではありませんでした。 井戸を覗き込むことは、なるほど、どこかイドを見ることを思わせますね。 もう少し学習してみようと思います。
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