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美と色欲の森で
高濃度の妄想が脳を直接突き刺すような月が、淫猥な光を放ち浮かび上がる十万億土の連日連夜、繰り返される酒池肉林を描きに描いた壁画の前で、今しがた見知ったばかりの女を抱きしめる覚悟を、ユニクロで買ったスリムフィットジーンズとやらのポケットの奥の奥に押し込めて、馬鹿に馬鹿の厚塗りをしたような作り笑いを浮かべて「凄いね」と発声する。そんな薄っぺらいコミュニケーションでこの場は万事収まり、女は別段満足気でも不満でもないようなまばたきをしながら「うん」と呟いてしまうのだろう。あたかもそれが自分の中から発生したクオリアであるように、割れ物に触れるような、そんなあまりにも綺麗で丁寧な発音のあとで俺を見つめるな。俺は貴様の、厭に柔らかな身体の奥の発熱を汗腺上に思い描いているのだ。女よ、貴様はそれを知ってか知らずかこの大人1,000円の入場料を取る美術館から出た後のことを一言も口にしないではないか。女よ、貴様は常に自らの存在価値について思考しているのだろう。首元に付いたタグと値札を姿見に写しながら、捕食者を選別しながら、汚れたハイエナたちの唾液まみれの唇と、そこから吐き出され続ける腐臭漂う吐息ばかりがうるさい日常に、悲しくも慣れてしまっているのだろう。今しがた見知ったばかりの俺の作り物じみたマスクの下で、じわじわと溢れ続ける色欲の気配をその鋭敏な第六感で気づいていてなおもそうやって隣の絵を見ては「綺麗ですね」と口にしてしまっているのだろう!空を食い潰した樹々の中に、侵食しきった暗闇のまるごとを今にも切り裂かんとするほど巨大なツノを伸ばした一匹の鹿が佇むその足元で、恐ろしく白く柔らかな裸体の少女があられもなく眠りに就いている。そんな絵に俺は今更なにも感じることはないと言うのに! 馬鹿のひとつ覚えのように「凄いね」と嘯いてこの場の平穏を保つことで必死になっているのに! ああ、ああ! 女よ。お前はまだその絵に所狭しと隠された性のメタファーを直訳せずにはいられないのだ。何層にも厚塗りされた緑青に少し混じった赤色のように、俺は俺の中で今まさに精製され続けている愛を以って、貴様のまっすぐな白く伸びた足を噛み砕きたいとさえ思うのに! ああ、女よ!そんなにも澄んだ瞳で、俺を絵の中へ誘い、閉じ込めてしまえよ。そうして、俺はどうしようもなく年甲斐もない恥じらい。捨て去って「絵は好き?」と口走った。女は、微笑みもしなければ怪訝なそぶりひとつ見せず「好きですよ」と言った。「でも、この絵はちょっと、怖いです」と。なんと愚かなほんの数分のやりとりに目を覚ました鹿が、その黒目がちな瞳で俺と女を包み込んだ。気がして、絵の中の鹿をふと見れば、あいも変わらぬ鹿がいて、足元の少女と目が合った
美と色欲の森で ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1141.8
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 3
作成日時 2020-07-04
コメント日時 2020-07-04
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合ポイント | 3 | 3 |
平均値 | 中央値 | |
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叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 0 | 0 |
技巧 | 1 | 1 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 3 | 3 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
何とはなくSNSかマッチングアプリで出会った年下の女性。 美術館で横山大観の絵を見る。 そんな風景を思い浮かべました。
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