別枠表示
火がついたのは一度だけであった、サンキュー
火がついたのは一度だけであった、それが出会いというものである。 君が使う駅はあの時は地下鉄の駅に変わっていて、バイバイと言って君は地下へ下りていったね。 引っ越したんだよね、それは分かっている、でも前と違うことが僕は悲しかった、前の駅の方が似合っていたのに。時は過ぎたんだね。 でも気持ちが残っていたのは伝わってきた。いい映画を観たね。ガリガリに瘠せてしまっていた僕は、助けて欲しかったんだ。君は微笑んでくれたね。 夜だった。会ったのも、別れたのも。短い時間だった。会って、ご飯を一緒に食べて、映画を観た。そして別れたんだ。 あの夜、僕は助けられたと言えるかな。 君しかいなかったんだ。電話をかけた。君は渋ったけど、オーケーしてくれた。君はほんとにやさしいね。なんで捨ててしまったんだろう。 長くつき合ったね。君が引っ越したのは、通勤のためだけではなく、あの思い出がいっぱいの町を離れたかったのもあるんだろうね。線路沿いのあの道。 僕は君をうまく愛せていたかな。別れってほんとにあるのかな。むしろまったく会わない今に、愛を感じはしないか。 一度ついた火は消えないものなんだね、出会いの火は、誰にも消せはしない。誰も入ることのできない仲。こんな閉じられたものは、他に見つけ難い。そしてこんな色濃く美しいものは。 君じゃなければあんな夜、会ってくれなかったかもしれない。 君を利用したってわけじゃない。でも、反対の立場だったら、僕は君に会ってあげただろうかって思うんだ。僕は冷たい人間だ。 人を大切にするって、僕には難しい。でもありがとうって言うことくらいできるよ。 ありがとう、ほんとに。僕は君から色々なことを教えてもらった。孤独だった僕が笑えるようになったのも、君のおかげだった。 僕は今、幸せなわけではない。あの映画に出ていた俳優は大成功してスーパースターになっているね。人も羨む才能と境涯、幸せ。僕は今、彼の大ファンなんだ。僕は幸せではないけれど、かといってすごい不幸なわけでもないんだろう。 いい映画だったね、と君は言ったね。君が喜んでくれたことが僕はうれしかった。僕に会う理由が何なのか、君は女らしく疑っていたことだろう。僕はいまだに頑是なく弱い。君を必要としていたことに間違いはないんだ。 短い時間だったけれど、あの長い日月のすべてを思い起こさせるような時間を過ごしたね。苦境にあった僕は、まさかあんな短い時間で事態を変えることができるとはもちろん思っていなかったし、事態はあの後さらに悪化したんだよ。でも無駄だったとは思わない。時は流れて思い出を作る。そのうち全部思い出になって、一生なんてあっと言う間に終わっちゃうさ。 静かに食べた中華料理はおいしかったね。君はその時趣味の話をしたっけね、ダンスのことだった。僕は自分に起こっている恐ろしい事情を少しは話したけれど、忘れさせてくれた。一瞬だけ、忘れさせてくれた。それで十分だったんだ。 いい思い出になっているよ。君は今どうしているかな。誰かと結婚したかな。でもたぶん、僕のことを忘れることはできていないと思われるんだ。だって君のことだから。僕らが互いに呼び合った愛称は、独特でかけがえのないものだったから。今でも僕の耳に、君が僕をあの名で呼ぶ声が聞こえるのと同じで、君の耳にも僕が君をあの名で呼ぶのが聞こえはしないか。 一度ついてしまった炎だ、なんということだ、人間の一生って、短い。火が消える前に終わってしまうものなんだね。いや、消えることってあるのかな。もうあの線路沿いの小道を手をつないで歩くことはない。でもあの道に終わりはない。炎は永遠に燃え盛る。それは喜ぶべきことなのか、失われたことの記憶として泣いて見て済ますにはあまりにも熱いじゃないか。涙が乾く。 君が地下に下りていって、僕は街の夜空の下に、また一人になったよ。そしてもう君と会うことはないと感じた。分かってくれるかな、あの時僕は君を利用したんじゃない、君を愛してる、それは変わらないのに、なんでこんなことになっているのか、僕には分からない。僕はもう君に電話をかけない。なんでかな。
火がついたのは一度だけであった、サンキュー ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1982.1
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 9
作成日時 2020-01-07
コメント日時 2020-01-25
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 6 | 5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 2 | 2 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合ポイント | 9 | 8 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 1.5 | 1.5 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0.3 | 0 |
エンタメ | 0.5 | 0 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 0 | 0 |
総合 | 2.3 | 2 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
必死の思いが淡々と述べられる。引っ越して行った彼女でしょうか。ダンスが趣味の彼女。恋に火が付いたのは一度だけだったがいい思い出であった。線路沿いの手をつないで歩いた思い出。映画館での思い出。思い出が疾走感を持ち、そして詩後にもある程度の速度が付いたのだと思います。
0エイクピアさん、お読み下さりありがとうございます。 ほとんど詩的な工夫のない作です。読み返すとかなり恥ずかしい、昔の彼女への思いを書いた作です。詩としてよりは、ライティングという範囲で受け取られればと思っています。
0最高です。 「詩的な工夫のない」という風におっしゃられているけれど、私には色々と勉強になる表現ばかりでした。 まずタイトルが素晴らしいです。 タイトルの疾走感と爽やかさが、そのまま詩を読むときのアクセントになっていて。 愛は続いていて、思いはどこかに残っていて、それはこんな詩を作らせるほどに美しいのに、 でも火が付いたのは一度だけで、おそらくそれで正しいんだって感じる瞬間って私にもあって。 胸の中にいろんなものが浮かんだり消えたりして、忘れてた記憶を思い出したりそれがいとおしくなったりして、とても素敵な詩です。 特に気に入っているのは「静かに食べた中華料理」 単に事実なのかな、と思うんですが、 中華料理ってどちらかといえばワイワイ食べる印象があって、だからこそそのとき二人が感じていたであろう「静か」以上の重圧を感じました。そしてそういうふうに静かに中華料理を食べる日って、現実には確かに存在するんですよね。 単なる事実でも詩になりうるものを持ってきていると思いました。
0『愛を感じはしないか。』『聞こえはしないか。』『熱いじゃないか。涙が乾く。』と所々にグッとくるところがありました。グッとくるところがある分、ありきたりな言葉(心からの言葉であろうと思いますが)の部分がもったいないとも思いました。
0胸が痛くなりました。 必然的で運命的な出会い。 でも結ばれることがない出会い。 彼と彼女の時間軸が少し違っていれば…。 とも思わせるし、 とはいえ時間軸が一致していたら、これだけの思い入れにはならなかったのでは。 とも思わせる。 女性側の立場で読んでも、恨みはなく、ただ切ないです。
0素晴らしくえぐみのある作品だと思います。 「前の駅の方が似合っていたのに。」「なんで捨ててしまったんだろう。」「いい思い出になっているよ。」などの言葉から、「僕」のエゴが「君」を通して形を持って浮かび上がってくるような印象を受けました。「僕」の生々しい感情が胸に迫ってくるようで、読みながら苦しくなりました。
0楽子さん、コメントありがとうございます。 この作は、概ね、ひといきに、最後まで、指が文字通り疾走するようになってワープロで書いたものです。掌から言葉が湧出するような感覚がありました。そのような勢いのある成り立ち方が、この作に疾走感を備えさせているのだと思います。それが結果としてこの作の詩的工夫となったかもしれません。読まれる方に自身の経験を再び胸の中に深く経験し直していただけることは、書いた者としてとてもうれしいことです。「静かに食べた中華料理はおいしかったね。」の箇所、場面の機微をとらえていただけて良かったです。一度別れた彼女と再会して食事をしている場面ですので、ワイワイではなく静かに食べることになっています。事実を描写しました。 Mar-toさん、コメントありがとうございます。 この作は衒い無い私の素直な気持ちの表出となっています。思いもかけず、読まれる方にグッとくる部分があったということ、とてもうれしいことです。本格的な詩などが発表される場ともなっているビーレビのような媒体に、この作を投稿することには少し躊躇いがありました。あまりに愚直ではないかと。ありきたりな言葉が多いです。同じ内容でもっと、たとえば象徴を駆使したりして、詩的な表現を目指してもよかったかもしれませんが、そういう余裕がこの作を書く過程において無かったというのが正直なところです。 めぐるさん、コメントありがとうございます。 この作を書いた結果、そしてコメントをいただいたことによって何度か自身でこの作を読み返した結果、私も、胸が痛みました。運命的な人と出会って、結ばれるということは、必ずしも当たり前ではありませんね。時や環境は、時として、いや、しょっちゅう残酷なものです。女性側の立場は男性である私には想像するよりほかないものなのですが、この作に、女性の心にもほぼ抵抗なく染み入ってくる感じがあったことは良かったです。 大井美弥子さん、コメントありがとうございます。 疾走感があると同時に、えぐみをも読まれる方に感じていただけたことは喜ばしいことです。作品には、そういった重いものが要ると思うので。個々人は己のエゴから去ることは通常できませんから、表現は必然的にそれを基盤に持つことになるでしょう。読まれる方の胸に迫るものがあったということは、書いた者としては、こう言って良ければ、成功したということになるでしょう。
0短い個人的な感想となりますが、いままで拝読してきた南雲 作品の中で、一番 好きです。
0るるりらさん、うれしいです。 気難しい私にもこんな作品が書けるらしいです笑。 コメントありがとうございました。
0凄い胸が苦しくなりました。とても愛おしい詩です。
0ミリウェイズさん、お読み下さりありがとうございます。 この作は少なからぬ方々の胸を痛めさせたようです。書いた私自身も読み返せば胸に痛みを覚えます。読まれる方々と書いた者とが同じような体験ができたのは、書いた者としてとても喜ばしいことです。この作を書いたという経験、事実、それからこの作そのものを、私は今後大切に保管して、次なる作品作りに向かいたいと思います。コメントありがとうございました。
0