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悔
あの子とは都会の酒場で知り合った。 軽い気持ちであの子に声を掛けた。 あの子は関西の生まれであった。 僕よりも二つ年上であった。 あの子は社会人一年目でどこか新しい生活を楽しんでいるようだった。 僕はあの子と次に会う約束をした。 僕はいつもその場限りの愛を求め、そうしていた。 ある日、約束どおり、あの子と会った。 あの子はとても素直な子だった。 今時、珍しく芯の強い子であった。 僕はなんだか、今日限りの関係にすることが惜しくなった。 だから、また次に会う約束をした。 あの日は、あの子の職場の近くで食事をした。 とても他愛もない会話をした。 店を出ても、帰るには早い時間だったのでちょっと歩いた。 ちょうど、あの日は父の日が迫っていた。 話題は父の日の贈り物であった。 僕はそんなこと考えていなかったので、 優しい子だなと思った。 あの日は映画を観た。 正直、その映画には興味がなかった。 だけど、会いたかったから観た。 あの日、僕は決めていた。 カバンの中には花のブーケを忍ばせていた。 帰りは珍しく、あの子を家まで送った。 家まで着いた時、僕は言った。 これからは気兼ねなく一緒にご飯や映画、そしてどこかへ遊びに行ける関係になりたいと。 あの子は言った。 少し考えたいと。 その後も頻度は減ったが、あの子とは食事をしていた。 僕はあの子から答えを聞けるまでずっと待っていた。 あの日は水族館へ行った。 とても手の込んだ水槽で綺麗だった。 水族館を出た後、夕食にはまだ時間があったのでお茶をした。 お互いの近況などを話していた。 するとあの子は言った。 私をどう思っているのと。 僕は答えた。 いいなと思っていると。 また、あの子は言った。 T君は彼女を作るの、面倒くさがりそうと。 僕は聞いた。 どうしてと。 あの子は続けて言った。 頻繁に連絡するの、あんま好きじゃないでしょと。 僕は答えた。 たしかに頻繁に連絡は取らなくても大丈夫だねと。 その次の週、僕たちは花火大会に行く約束をしていた。 その数日前、あの子から連絡が来た。 会社の納涼会が急に入っちゃった、新人だから強制だと。 僕は代わりの日を提案したが、濁されてしまった。 察しの悪い僕じゃない。 もう終わりだと思った。 ある日、僕は友人たちとキャンプに出かけた。 キャンプの夜に恋愛の話は付き物だ。 僕はあの子に見限られてしまった話をした。 友人は励ましてくれた。 僕はもう一度、あの子を誘ってみることにした。 食事に誘うと思いの外、了承してくれた。 もう二ヶ月会っていない。 僕はまた一から築くつもりでその日に臨んだ。 あの日は、少し背伸びしたレストランで食事をした。 最初は他愛もない話をした。 ある時、あの子は もっと他の子と遊びなと言った。 こんな言葉、誰だって嫌な予感がする。 僕は言った。 そんなこと言わないでくれと。 あの子は言った。 だって私のこと好きじゃないでしょと。 その言葉は想定外だった。 花を贈った日、あの日に家の前で言った言葉は告白だった。 「気兼ねなく遊ぶ」関係は僕にとって恋人を意味した。 水族館へ行った日、僕が言った「いいなと思っている」という言葉は 好きという言葉を意味していた。 連絡を頻繁に取らなかったのも僕と違い、 社会人として忙しい生活を送っているあの子への気遣いだった。 それがあの子には伝わっていなかった。 僕と出逢った頃、あの子はある男との関係に問題を抱えていた。 その男はあの子がまだ学生の頃、付き合い、半同棲していた男だった。 別れたあとも、お互いを捨てきれず中途半端な関係を続けていた。 二人の関係は複雑だった。 彼女はその関係を絶とうとしていた。 そんな時に僕と知り合った。 彼女は僕に好意を持って接してくれていた。 しかし、僕が悪かった。 あの子は僕の告白を ただ、食事やどこかへ遊びに行くそんな恋人未満の関係を望んでいると受け止めた。 僕の「いいな」という言葉を ただの恋愛対象のうちの一人と解釈した。 僕の言葉は別の意味として伝わってしまっていた。 僕の内気さが招いたすれ違いであった。素直に自分の気持ちを表現できなかった。 もうあの子の気持ちは固まっていた。 中途半端な僕ではなく、もとの鞘に戻ろうと。 もう遅かった。 あの子とのすれ違いに気付いた時には。 さようなら。 こうして僕の三年ぶりの恋は終わりを告げた。
悔 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 1490.2
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 7
作成日時 2019-09-24
コメント日時 2019-09-29
項目 | 全期間(2024/11/23現在) | 投稿後10日間 |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 1 | 1 |
エンタメ | 4 | 4 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 2 | 2 |
総合ポイント | 7 | 7 |
平均値 | 中央値 | |
---|---|---|
叙情性 | 0 | 0 |
前衛性 | 0 | 0 |
可読性 | 0.5 | 0.5 |
エンタメ | 2 | 2 |
技巧 | 0 | 0 |
音韻 | 0 | 0 |
構成 | 1 | 1 |
総合 | 3.5 | 3.5 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
ありがちな青春の場面を ぜんぶ言っちゃって これは詩にあらず! って怒られないか心配。 でも、 ある作家の言葉を援用しながら思うに ……短きをよしとする和歌俳諧が 日本的な文化伝統として残るなかで 現代詩では 華麗で蕩尽的多弁を駆使しつつ 語らないほうへ語らないほうへと 自明性を避けてゆくことを よしとしがちだけれど 世界は獄彩色と阿鼻叫喚 悲憤慷慨ばっかりで出来てはいないので するすると滑ってゆく文章に身をまかせ 起伏なくたどらされるのは 本文の無い あとがきだけの恋路だった…… と言えるような 自己陶酔から逃げおおせた 直接性だけでもない 清冽ささえ感じました。 いいですね。
0恋愛っていつもパターンが違うからいつまで経っても難しいですね(相手が違うから当たり前だけど)
0改行がきちんと効いているし、同じ表現パターンの繰り返しが作り出すリズムが非常に心地がよい。中盤まではグイグイ引き込まれた。すでに他の方のご指摘通り中盤以降ダレてしまっている印象がある。ただ、後半で表現されている微妙なすれ違いをこのスタイルでうまく表現するのは難易度が超絶だと思う。あるいはこの文体でなくてもこの内容をその繊細そのままに文章にするのはやはり難易度が超絶だ、私はそう思う。少なくとも私は自信がないし、プロの小説でもこういう表現がうまくいっている作家さんってもしかしたら稀なのかもしれない、とさえ思う。文豪たちでさえ手こずっている印象がある。あまりに説明しすぎると複雑になりすぎて逆に伝わらないが、その詳細を削る過程でどうしても文章が作為的になってしまうようなところがあるような気がする。そう考えると、なるべく作為的な手つきは排除して素直に書くことに徹しているように見える本作は、どちらかというと善戦しているというべきなのかもしれない。
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